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太陽と月【さとゆみの今日もコレカラ/015】

元始、女性は実に太陽であつた。真正の人であつた。今、女性は月である。他に依つて生き、他の光によつ て輝く、病人のやうな蒼白い顔の月である。

平塚らいてう氏の言葉である。歴史の教科書でこれを読んだ時、でも、私は月がいいなと思った。

照らしてくれる人によって、満月に見えたり、三日月に見えたり、ときには姿を隠したり。その方が色っぽいじゃないか。

何より、自分に期待が持てる。私には、私自身もまだ知らない一面が眠っている。いつか誰かがらそこを照らしてくれたら良いのにな。

甚だ他力本願かつ見初められたい願望丸出しで、らいてう氏の耳に届いたら叱られそうだが、フェミニズム文脈を横に置き、もう少し考えを進める。

私たちが新しい人に出会いたいと思うのは、新しい自分に出会いたいからだ。

恋をしたいと思うのは、その恋人が私の新しい何かを見つけてくれるからだ。相手に恋をしているようで、実はその人が照らしてくれた新しい自分に恋している。

私はことに惚れっぽい。男女の別なく、のべつくまなく惚れるのだけど、多分、人が好きなのではなく自分が好きなのだと思う。

初めて聞くその人の言葉が、初めて知るその人の思想が、自分の中の何かを刺激し、自分に新しい側面が爆誕するのが好きなのだ。自分の嫌な部分だって、人と会わなければ発動しない。ああ、こんないやらしい自分がいるんだなと知るのも、まあ楽しい。

私は月で、しかもめちゃくちゃ大きな月だと想像する。まだ自分の知らない領域がたくさんあって、それは誰かと出会うことで発光すると考える。今生のうちに、自分の全貌がだいぶわかるようになってるといいなと思う。

同時に、誰かの新しい側面を照らせる人でありたいとも思う。大切なことなので、私のゼミでは小さな声でこっそり伝えているけれど、それができると、モテる。

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