
自分にがっかりした話【さとゆみの今日もコレカラ/第 64 回】
新年早々、自分にがっかりした。昨日のコレカラの話。
ここで書いた自分の文章に関してではない。
災害があった日に何かを書くことは怖い。誰かを傷つけたり不快にする表現はないだろうかと何度も読み返しながら書いた。なので、ここにあげた文章は全部、自分で考え納得した言葉だけをあげた。その文章に修正したい箇所はない。
だけど、その文章を SNS に投稿する時に、私は迷いつつも被災地へのお見舞いの言葉を添えた。もちろん心からお見舞いの気持ちを持っている。ねえでも私のそれ、誰に向けて書いたお見舞いの言葉だった?
「いま、文章を書いてアップするのは不謹慎じゃないですか?」と言われるのを避けたかったからではないか。だとしたら私のお見舞いの言葉は、自分を守るための言葉になっていなかったか。
心がざわざわしたので、自分の Twitter のタイムラインを時系列に並べ 500件ほど片端から読んでいった。
「このような時期に◯◯するのは不謹慎だ、という人に対する苦言」を 15 ポストくらい読んだ。被災していない人たちは経済を回していこう、今できることは自粛ではなく購買と寄付だと書いたりその主張を RT しているポストも多かった。
でも実際に「不謹慎ではないか」とか「自粛せよ」と書かれたポストは少なくとも私のタイムライン最新 500 件にはひとつもなかった。
私は誰に対して「これ、不謹慎ではないですよね」とエクスキューズしたのだろう。なぜ「不謹慎と思う人が多いかもしれない」と決めつけたのだろう。あるかないかわからない「世間」の顔色を伺った自分にがっかりした。自分以外の人たちの判断を信用していない自分が残念だった。
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