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女体と卒論、七転び八起き【今日もコレカラ/第768回】

「女体」というテーマのエッセイのお題をいただき、日々なんだか女体について考えている。

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和田裕美さんとのパワフルここに極まれりみたいなコラボセミナーの帰り道、池尻のワイン食堂に寄った。

蝋燭の灯りで澁澤龍彦の『血と薔薇』第3号を読む。めったに読まない澁澤龍彦に手がのびたあたり、女体のヒントがほしかったみいたいだ。

「エロティシズムと残酷の綜合研究誌」と銘打たれたこの雑誌、ソムリエの佐野さんによると「3号で終わっちゃったんですよね」とのこと。

目次をタイピングするだけで、垢BANされそうなxxxワードが並ぶ。

野坂昭如さんが『愛しのxxxよ、さようなら』(xxxは自主伏せ字です)というエッセイを寄稿していて、うわちょっと待て、この人『火垂るの墓』の人だよね、とクラクラする。

宦官の写真の話に始まり、祖母にロックオンされた話に続き、なぜ自分が性的不能者の話を書き続けるかの話につながる。

いやほんとこの方。『おもちゃのチャチャチャ』を書いた人で、デビュー作は『エロ事師たち』で、その翌年には『火垂るの墓』。あとはあれよね。モデルやって政治家やって、角栄に立ち向かった人なのよね。

こういう話を聞いていると、人の人生って、ほんとカラフルし放題だし、人は何歳からでも何者にでもなりうると思っちゃうよねえ。

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わたしは国文科出身なのだけれど、卒論にはひとつ縛りがあって「生存している作家についての卒論は不可」であった。

生きている作家は、1作増えるごとに、過去の作品の意味づけが変わる。作品はソリッドでそれ以上変化しないにもかかわらず、最新作が出たら評価が変わるという(だから卒論には適さない)ことが、なんだか人生の縮図のようだった。

晩年に最高傑作がある作家もいたし、その逆もしかり。

なんだか、いつまでもジタバタしたりいいよと言われているようで、いい話だなあと思っていた。

野坂さんのように、晩年、とんねるずを平手打ちしたり、ダウンタウンと殴り合ったりしてもいいわけで。そして若い頃お金を使い込んだ永六輔さんに、最後はずっと可愛がられたりしてもいいわけであって。

人生七転び八起き。どこが起承転結の結かだなんて、死ぬまでわからんよねえと思いながら、帰ります。

女体、何、書こうかなあ。

※「今日もコレカラ」は朝7時に更新です。バックナンバーが読めるようになりました。

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