
「地域で子育てがしたい」3児を育てる30代の働くママ、週1で開くまちの駄菓子屋【リレー連載・あの人の話が聞きたい】
CORECOLORメンバーが、いま会いたい人にインタビューするリレー連載「あの人の話が聞きたい」が始まります。第1回目は、鈴木まゐさんの「あの人の話が聞きたい」をお届けします。
名古屋市西区の住宅街に佇む、一軒の空き家の古民家。ここは、毎週月曜日の午後3時から午後6時、50人ほどの近所の子どもが押し寄せる駄菓子屋に変わる。お店の名前は「稲生(いのう)学区の駄菓子屋さん すみれっ子」。駄菓子屋であるだけでなく、子どもたちの居場所にもなっているという。
子どもが家庭や学校以外で安心して過ごせる第3の居場所が、今世の中で注目されている。地方自治体やNPO法人が、その場所づくりの担い手となることが多い。しかし、この駄菓子屋のオーナーをしている森本花織さん(36)は、会社員をしながら5歳から10歳の3人の子どもを育てるママだ。
地域で子育ての拠点になる日常。一体どのような様子なのだろうか。森本さんに連絡を取ってお店を取材した。
聞き手/鈴木 まゐ
「誰の子かわからない」関係が当たり前の駄菓子屋
朝から雨がしとしとと降っていた。すみれっ子に到着したのは、午後2時40分。オープンは午後3時からなのに、開きっぱなしの玄関には、すでに濡れた長靴やスニーカーが10足ほど見える。
中に入って右を向くと、牛乳パックを再利用して作ったと思われる箱が、床一面に並んでいた。きなこ棒やキャベツ太郎、ブタメンにガブリチュウ。50種類以上の駄菓子がそれぞれ箱に入っており、その周りを小学生くらいの子どもたちが「どれにしよ~?」とそわそわ歩き回っている。奥の部屋には、大人の女性が2人、男性が1人。駄菓子屋の運営メンバーだという。

午後3時。学校帰りの小学生や未就学児を連れたママが、5、6人ほど入ってきた。どんどん人数が増えて、子どもたちが駄菓子のくじで盛り上がったり、いきなりかけっこを始めたり。取材に答える森本さんの声が、聞き取りづらくなるほど賑やかに。「今日は雨だから子どもがとても少ないですね。いつもなら一気に30人くらい来て、もっとドタバタ騒ぎです」と笑う。
実は、ここに来て戸惑ったことがある。大人と子どもの距離感が近いため、それぞれがどういった関係性なのか全くわからないのだ。
例えば、森本さんに取材中、小学3年生くらいの女の子が、森本さんの膝の上にずっと座っていた。「森本さんのお子さんですか?」と聞くと「いえ、ママ友のエリちゃんの子どもです」と、森本さんの子どもの傷の手当てをしている女性を指す。
「誰が誰のパパかママかわからないですね」と私が思わず呟くと「誰が誰の子どもなのか、わからない関係を作りたかったんですよね」と、森本さんはほほ笑んだ。膝に座る女の子の頭をなでながら「近所に友達がいっぱいいるよね? 大人も子どもも」と話しかける。「うん、たくさんいるよ」と、なんてことないふうに答える女の子。

その後、近所で子ども食堂を営む中年の男性まで訪ねてきた。男性が持参した聖火リレートーチに、子どもたちの目が一斉に輝き出す。聖火リレートーチの記念撮影会が始まると、賑わっていた空間がいっそう熱気を帯び、あっという間にお祭り騒ぎに。
大人も子どもも手を伸ばせばすぐ触れる距離で、走ったり話したり遊んだりしていた。私も取材であることを忘れて、声を出して笑っていた。陽だまりのようなあたたかな空気が、溢れんばかりに満ちていたのである。
家族でも先生でもない、近所の「居場所」に救われた
森本さんは3人の子どもを育てる間に、自分の幼い頃とは違い、家や学校以外に子どもの居場所がないことに気づいたという。
実家は、熊本県八代市にある。家の目の前に広がるのは、地平線まで続く一面の田んぼと、それを覆う果てしない青空。森本さんの家も周りも農家で、お互いに農作業を手伝い合う。誰が家に来ていても驚かないような環境だった。
例えば、森本さんが雨の日に学校から帰ると、家に知らないおばあちゃんがいた。「雨、降っとったで」と、洗濯物を取り込んでくれていた。別の日には、家に来ていた別のおばあちゃんに、親に言いづらい悩みを相談したり。とぼとぼと道を歩いていると「元気ないね。どうしたの?」と、声をかけてくれる大人がいたり。
家や学校で落ち込むことがあっても、自分には他にも居場所がある。それが心の支えになっていた時期があったから、今度は自分が子どもたちの居場所を作れればと思い、駄菓子屋を始めた。

「実際、駄菓子屋に来る子からよく相談を受けるんです。私の子どもも他のママに相談しているみたいですね。最近だと『親が自分の推しを否定してきて悲しい』と落ち込んでいる子がいたので『それはきついね。自分が一番好きなものなんだもの、尊重してほしいよね』って話をしました。駄菓子屋の常連の子で、親が授業参観に行けない子がいたら、同じクラスに子どもがいる駄菓子屋メンバーが代わりに見に行くことも。何気ないことですが、地域で子育てするってこういうことなんじゃないかなと思います」
ボランティアの駄菓子屋が続いている理由
森本さんが駄菓子屋を始めたのは、2022年2月。当初は仲良しのママ友と2人で切り盛りしていた。開店初日に集まった人数は、知り合いのママと子どもを呼んで10人ほど。それが今では、運営メンバーは10人となり、50人前後の子どもや大人が集まる地域交流の場となった。

森本さんに駄菓子屋を続ける上で大変なことがあったか聞くと、あっけらかんと「全くなくて」と即答された。理由は2つあるという。
一つは、森本さんが思っていた以上に、子どもたちが地域で交流する場所を求めていたこと。森本さんいわく、子どもは自分がいいと思うものを、口コミで勝手に広げてくれるそう。駄菓子屋の存在は瞬く間に知れ渡った。今では周辺を歩く子どもに「やっているよ〜」と声をかける程度で十分なほど、自然と人が集まるようになったのだとか。
もう一つの理由は、運営メンバーとの関係づくりにある。
「オーナーは私ですが、トップダウンではなく、双方向で意見を言い合える関係を大切にしています。『やりたいことがあるんだけど、どう思う?』『この日、行けなくなったんだけどどうしよう?』と、お互いが言える関係。地域をよくしたいという気持ちはみんな同じ。それに向かって『しなければならない』ではなく、『できる人がやる』のが特徴です」
地域活動を1日休んだからといって、地球が滅亡するわけではない。仮に、誰も駄菓子屋に行けない日があれば閉めればいいと森本さんは言う。気負い過ぎないことも、継続の秘訣なのかもしれない。

趣味や推しを選ぶように、「まちづくり」も選択肢に
「新しい人と繋がりたい」「自分の輝ける居場所がほしい」そんな動機で趣味を持つ人は少なくないはず。実は推し活女子の森本さん。「趣味や推しを選ぶみたいに、もっと気軽に地域活動に参加する人が増えたらいいなと思っているんですよ」と語る。
「参加して合わないと思ったらやめて大丈夫です。趣味だって体験入会をして合わなければ入らないですよね。それくらいの気持ちで始めてみてもらえたら嬉しいなと思っています」
一から地域活動を始めたい場合は、まずは自治体のホームページで助成金の支給条件を確認するのがいいそうだ。
森本さんは、地域のために活動したい人が集まるコミュニティ「BLUE BASE(ブルーベイス)」も立ち上げている。愛知県外で活動している人もこれから始めてみたい人も大歓迎とのこと。もし「地域活動をしたいけれど、わからないことや相談したいことがあって……」という人は、こういったコミュニティで情報交換できる仲間を作ってもいいのかもしれない。
最後に、取材を終えて駄菓子屋を出ようとすると、小学校高学年くらいの男の子が「もう帰るの?」と声をかけてきた。「帰るよ。いつもここに来ているの?」と聞くと「うん! おれ、ここの支配人だから! またね」と、男の子は親指を立てて誇らしげに笑った。(了)

森本 花織(もりもと かおり)
熊本県八代市出身。愛知県名古屋市西区在住。3児を育てる働くママ。「自分の足元から地域をよくしていきたい」と思い、「稲生学区の駄菓子屋さん すみれっ子」をはじめ、名古屋ママ会、西区のママサロン「いいこいいこ」、なごやにし防災ボランティアの会、稲生学区子どもを守る会、学区子ども会(会長)など、名古屋市西区を拠点に精力的に活動している。稲生(いのう)学区の駄菓子屋さん すみれっ子
愛知県名古屋市西区江向街2丁目38-7
撮影・執筆/鈴木 まゐ