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AIに文章を書かせて気づいた「チェック」の正体 AI時代のライティングを考える2【連載・欲深くてすみません。/第42回】

フリー11年目を迎えたライター・編集者のちえみが、書くたびに生まれる迷いや惑い、日々のライター仕事で直面している課題を取り上げ、しつこく考える連載。前回のコラムで、指示とチェックをすればAIでも十分原稿がつくれると感じた、ライターちえみ。もうAIに書いてもらえばいい、と悟りかけました。ところが、そう簡単な話ではなくて……?

(前回の記事はこちら)これからの人間の仕事は「指示」と「チェック」……なのか? AI時代のライティングを考える

さて、試しに自分が登壇したセミナーの文字起こしをぶち込んで、AIに原稿にしてもらった。その続きである。

初手の時点で、思ったよりも悪くはない文章がAIから出てきた。たいして面白くも巧くもないが、「ちゃんとした」顔つきをしている。しかし、よく読むと「いやいや、全然ちゃんとしてないわボケ」と思うところが多々あるので、チェックと指示が必要である。

というのも、AIがつくる文章は、一見それっぽく見えて、はちゃめちゃに論理が飛んでいることがあるのだ。

実際の例をお見せしよう。以下は、私がセミナーで「インタビュー現場で雑談をするのは、意外と難しい」と話した部分を、AIがまとめたものだ。読者を、ライターと想定している。
皆さんも、チェックする側だと思って読んでいただけないでしょうか。

取材の場を和ませようと、良かれと思って「今日は雨でしたね」なんて雑談から入ること、ありませんか?

でもこれ、相手が初めて取材を受ける人だったりすると完全に滑ってしまいますし、取材慣れしている著名人だと「俺の時間を無駄話で奪うな」と空気がピリッとすることもあります。

つまり、取材を雑談から始めるのは、少し不遜だと思うんです。

いかがですか?  皆さん、理解できましたか?

もしかしたら、さらっと読んで「これはこれで、別に悪くないのでは」と感じる方がいるかもしれない。ただ、編集を生業としている人なら「このレベルの原稿では使えない」と考えるだろう。私もそうだ。自分が話したことをもとにしているはずなのに、この文章はよく意味がわからない。

例えば、良かれと思って雑談から取材を始めることはないか? と、読者に問いかけたあとの、この部分。

でもこれ、相手が初めて取材を受ける人だったりすると完全に滑ってしまいますし、

ここがわからない。初めて取材を受ける人に対して、取材で雑談をすると、なぜ「完全に滑ってしまう」のだろう? 

さらに

①(意味不明だが)相手が初めて取材を受ける人だと、取材の現場で雑談が滑る
②取材慣れしている著名人だと「俺の時間を無駄話で奪うな」と空気がピリッとする

という具体例をふまえて

つまり、取材を雑談から始めるのは、少し不遜だと思うんです。

とまとめている流れも、違和感がある。
もし②をふまえて「相手の時間を無駄話で奪うのは、不遜」という結論なのだとしたら、①のエピソードはいらないのではないか。

これ、本当は何を言いたかったのだろう? 
どのように考えて、この文章に至ったのだろう?

さっぱりわからないーーー!

AIに「どういうこと?」と聞いて、何度かやりとりしたが、うまく修正ができなかった。それも仕方のないことで、AIの中に入っているのは「文字情報」である。話のもとになった体験、本人がめぐらせた思考など、AIには知る由もない。

さて、謎を解こうと、文字起こしの該当箇所を読み直した。当時、自分が何を考えていたかを振り返り、修正した文章がこれ。

取材の場を和ませようと、良かれと思って「今日は雨でしたね」なんて雑談から入ること、ありませんか?

でも、実際のインタビュー現場では、その心遣いが逆効果になることがあります。例えば私の実体験では、取材を受けることに緊張して身構えている相手に対して、本題と関係のない雑談を振ってしまい、相手の心の準備と噛み合わずに、場が白けてしまったことがありました。また、取材慣れしている著名人が相手だと「俺の時間を無駄話で奪うな」と空気がピリッとすることもあります。

相手の立場や心理状態を無視して「場を和ませてあげよう」と雑談をしても、一方通行に終わることがあります。それどころか、かえって相手の警戒心を強め、取材のハードルを自ら上げてしまう原因になるかもしれないのです。

そうです。私は「取材を雑談から始めるのは、不遜だ」ではなく「相手を無視した雑談は一方通行に終わり、かえって相手の警戒心を強めることになる」と言いたかったのでした! 全然違うわ!

セミナー当日に私の言葉が足りなかった部分と、マイクがうまく音声を拾えなかった部分があり、その不完全な文字起こしをもとに、AIがミステリー文章を生成してしまった、というわけ。

4000字のまともっぽい文章の中に、こういう意味不明の文章がしれっと混じってくる。頭いいのか、あほなのか、とAIをなじりたくなるが、実は、ここで問題なのは、AIが論理の飛んだ文章を書くことではない。人間だって、論理が飛ぶ文章を書くことはたくさんある。

問題は、AIにとって文章は「経験や思考を積み重ねた末に、ようやく生み出されるもの」ではないことだ。AIは、あくまでも文字情報から、「問いかけ」「具体例」「結論」という形を組み立て、文章を生成しているにすぎない。

そんななかで、AIが出してきた文章をもとに、人間が原稿を整えていくというのは、本当に難しい。思考の軌跡を読み解く手がかりが、文章の中にないからだ。この調子であれば、魔法のようなスピードでAIが原稿らしきものをつくってはくれるものの、その「後」のほうが時間がかかるのでは……。

ここまで考えて、ある話を思い出した。

友人のエンジニアから聞いたのだが、AIの登場で、アプリやサイト開発の現場も、大きく変化しているという。従来は企画を立て、要件定義をして、骨組みをつくり、開発・実装をして……と上流工程から考えを詰めていき、最後に完成品が出てくるのが当たり前だった。しかし、AIの登場によって「具現化」のコストが爆発的に下がり「とりあえずプロトタイプをいくつかつくってみて、実際に動くものを見ながら、細かいところを詰めていく」といった開発方法をとる現場も増えてきているのだという。

ライティングの世界でも、似たようなことが起きているのかもしれない。

取材して原稿を書く場合も、自分の考えをまとめる場合も、かつては書くための素材を洗い出し、構成案をつくり……といった準備段階が必要で、その準備の質が、文章の質にそのままつながっていたように思う。しかし今、そんなことをしなくても文章は気軽にアウトプットできるようになった。

そのかわりに「読みながら考える」という技術が、ものすごく必要になっているのではないか?

不完全な思考を煮詰めていき、最終的に文章の形に仕上げるのではなく。

文章を「とりあえずのアウトプット」として捉え、それを土台に思考を深めていく。不完全な文章を読みながら、自分(話者)が何を言いたいのか考える。具体的に手を入れながら、伝えたいことについて新たな発見をする。そして、完成させる。

書き手が思考を深めていく順番が、変わるのだ。「書く前」から「文章が出てきた後」へ。

つまり「わあ、AIがどんどん書いてくれて、あっという間にできちゃった! でも、考える工程を奪われたみたいでちょっと悲しいな」とか言っている場合では、ない。

実際、0から文章を書くのと、不完全な文章を直していくのとでは、鍛えられる「書く力」の部位が、違うような気がする。AIの不完全な文章を書き直すトレーニングを重ねたら、これからもっともっと、私の筆力が向上するかもしれない……。

とか言っている時点で「自分で」書きたいんじゃないか? お前。

欲とはなんと非合理的なものだろうと、自分を笑う。

文/塚田 智恵美

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