交渉ってしてもいいの? フリーランスだからこそ質問・相談・交渉がキモ【絵で食べていきたい/第7回】
フリーランスで食べていくのに、避けて通れないのが納期や価格などの交渉です。イラストレーターも例外ではありません。とはいえ、そもそもこちらから希望を出していいものか迷うこともあるし、出してみてもこれで良かったのかと心配になるもの。私自身、いまだに「いい伝え方はないかな?」などと同業の友人によく相談します。今回は交渉する時に気を付けていることなどをお話ししたいと思います。
失敗談から学ぶスムーズな交渉のポイント
イラストレーターになる前、菓子メーカーの企画部にいた頃の話です。バレンタインの商品案が決まり、試作をチョコレート専門の会社に依頼することになりました。簡単な仕様書を出し、先方から見積もりをもらい、それに従って販売価格や入り数(一箱あたりの商品数)などをおおよそ決めて、試作が始まりました。できた試作品に対して、「表面をさらにチョコレートでコーティングして欲しい」などの要望を出しました。何度か試作を繰り返し、これならOKというものができ、発売のゴールが見えてきた頃、困ったことが起きました。試作を頼んだ会社から再見積もりを出され、その金額が元の額より大幅に上がっていたのです。先方によると、希望する内容に合わせれば原材料も手間も増えるのだから当然とのこと。ところがこれは社内で大ごとになりました。というのも、こちらは最初に見積もりをとっているのだから、それに収まる範囲で調整してくれるだろうと勝手に思っていたのです。製品の原価が上がると、販売価格も変えなくてはなりません。でも、バレンタインのようなイベント用のお菓子は、価格帯によって売れる量なども大きく変わります。価格を変更しないために入り数を減らすと、箱の大きさなどパッケージにも影響がでます。あちこちに頭を下げ、叱られながら私は大反省しました。どうして試作の途中で、最初の見積もりの金額から変わらないか確認しなかったのかと。
今思い返すと、試作の内容が変われば、見積もりの金額も変わることは当然だなと思うのですが、当時は反省する一方、ちょっと恨めしくも思ったものです。金額が変わるなら、その時点でいくらになるかはわからなくても、せめて「変わりますよ」と教えてくれたっていいじゃないか、と。
この失敗から、私は二つ学びました。一つは、発注者は見積もりを出されると、その金額が決定だと思ってしまう可能性があること。もう一つは、後でもめないように、見積もりを出す側は、「この金額はあくまで現時点の条件での試算です。変更がある場合にはそれに応じて価格が上がります」と受注する前に言っておいたほうがいいこと。
このように、自分自身が「発注する側」だった経験は、フリーランスになった時にとても役に立っています。業種こそ違いますが、発注する側の気持ちや置かれている状態を想像しやすいからです。何より、自分が失敗した経験があると、発注者側に「なんでこんなこともわからないの!」という気持ちにならずにすみます。私はもともと短気なので、それだけでも本当に助かっています。
交渉はしていい。そして、交渉するかどうかは自分で決められる
会社では、仕事の際に相手と交渉するのは当たり前でした。その経験があったので、フリーランスを始めた時から、その必要性は理解していました。
それでも交渉以前に、質問することすらためらう気持ちもありました。必要だとわかっていても、経験が乏しいのにあれこれ質問したり、お金の話を切り出したりするのは勇気がいりました。なにしろ、当時は稿料(イラストの料金、原稿料)の明示なしに「こういう絵を描いてほしい」と依頼されることもよくあったのです。でも「稿料はいくらですか」という当たり前の質問さえ、「なんだ、金の話か」と嫌がられるのではないかとドキドキしたものです。
私がイラストレーターをはじめた頃に比べると、依頼時に希望の金額や納期などをまとめて知らせてくれるところが増えました。昨年末にフリーランス新法が成立したことで、今後ますますあいまいな状態での発注はされなくなるでしょう。でも、契約書や発注書を交わす前に、お互いの希望をすり合わせる必要があることは変わりません。
第4回でも書きましたが、特に駆け出しのうちはあまり価格にこだわらずどんどん仕事を受けて、実績をつくったほうがいいという考え方もあります。納期が少々短くてもとにかく受ける、というスタイルで重宝されて、たくさん稼いでいる人も実際にいます。そういう人は、むしろ交渉にかける労力や時間がもったいない、と言うのです。これはこれで一理あります。
自分にとって、質問や交渉そのものがあまりにもストレスであれば、あえて「全部そのまま受ける、それができないものは断る」などと決めてしまうのも手です。でも、そこまで割り切れないならば、少しでも負担が少ない方法で、お互いの希望条件の落としどころを見つけていくしかありません。
質問→相談→交渉の流れでスムーズに
依頼を受けて、条件が自分の希望と合わない場合でも、いきなり交渉に入るわけではありません。わからない部分は質問し、不安があれば先に相談する。そして条件が合わない部分は交渉する。質問や相談の段階で解決してしまう例もかなりあります。それぞれの役割をまとめるとこんな感じです。
・質問
不明な要素や情報があれば、先にクリアにしておきます。たとえば、パンフレットに載せるイラストの依頼で、webに流用することがあります、と言われた場合に、その2次使用料は別に出るのか。スケジュールがかなり先の場合、今から予定を押さえてしまって大丈夫なのか、それとも流れる可能性もあるのか。総額の予算を提示されて、発注数は50点前後と言われた場合、点数の上限を事前に決めておけるか、など。また、あいまいな部分を確認するために質問する場合もあります。たとえば、依頼メールに「イラスト3点@10000で」と書いてあった場合、1点10000円という認識で間違えていないか、などです。
・相談
交渉すべきことがありそうな場合は先に相談しておくと、その後の話がスムーズです。たとえば、提示された納期がギリギリで、もし途中でアクシデントがあったら……と不安な場合。ラフまでに1週間、仕上げまでにまた1週間というスケジュールをもらっても、ラフのチェックに時間がかかり、次の作業に入れないことはよくあります。ラフチェックにどれくらい時間がかかるのか、もしその期間が長かったら納期を伸ばせるか。こういう話を事前にしておくと、相手方も対応がしやすいはずです。問題が起きなければ良し、実際にチェックの戻しが遅くなったら、そこから改めて納期を交渉すればよいのです。
以前編集者さんから聞いた、こんな話があります。先に稿料を決めて、イラストを一式頼み、納品後に請求書をもらった。その請求書には、事前に聞いていなかった「キャラクターデザイン料」が加わっていた。相手は「いつもイラスト料とは別にこの料金を頂いています」と言う。相手にとってはそれが普通のやり方でも、こちらの想定に入ってはいない。結局支払ったが、次はもう頼めない……と。
この事例では、イラストレーターは希望額を払ってもらえましたが、先に発注書などを渡されて、それを承諾していた場合は、後から別料金を追加するのは難しいことが多いのではないかと思います。この例のようにたとえ希望額を払ってもらえたとしても、リピートは見込めないでしょう。はじめから「キャラクターデザイン料を頂きます」と話しておけば、先方もそれを含めた予算立てができます。もちろん最初に話していたら、予算オーバーだと判断されて、受注ができなかった可能性もありますが、基本的には依頼する側も受ける側も、希望の条件はわかる限り事前に確認し、明文化した方が後々もめずに済むと思います。
・交渉
先方とこちらの希望が異なり、そのままでは受け入れられない場合には、いよいよ交渉する必要があります。この場合も、はやめに、できれば仕事を受ける前にするのが理想です。もちろん蓋を開けてみたら、依頼時に出された条件より点数が増えたり、先方の事情で修正が多くなったりしたという場合もあるので、後からでは交渉できない訳ではありません。また、たとえば予算が決まっていて価格交渉が難しい場合は、他の条件でバランスをとることもできます。修正がしやすいタッチを提案する、納期を伸ばしてもらうなど、それが担当者の権限で変えられる条件ならば、希望が通る可能性が高いと思います。
交渉がダメだった場合の結果を引き受ける覚悟も大事です。こんなことなら交渉しなければよかった、と後悔しないためにも、自分の中で良いほうと悪いほう、どちらの結果も想定してみます。たとえば、金額がアップされなくても、依頼が流れるよりましだと思うなら、はじめから正直に言ってしまったほうが良いと思います。たとえば、こんなことがありました。
通常の稿料よりもちょっと安いけれど、新しい媒体なので受けてみたい、そんな依頼が来た時のこと。「是非やってみたいので、この金額でもお受けしますが、できればもう少し稿料を上げていただけませんか」と、思い切ってきいてみたのです。先方は、実は通常より数割アップしての依頼なのでこれが上限だ、と教えてくれました。このやりとりで、稿料は上がりませんでしたが、私はとてもすっきりした気持ちで依頼を受けることができました。
交渉がラクになる? 工夫あれこれ
質問や交渉の重要性がわかっているから、なんのストレスもなくできるかというと、そういうものでもありません。私はもともと、わからないことを人に聞くのが苦手で、質問するくらいなら自分で調べてなんとか乗り切ったほうがまし、というタイプです。同じような人もいるかもしれないので、少しでも負担にならず、相手にもしっかり意図が伝わるように、私なりにしている工夫を以下にシェアしたいと思います。
たとえば、駆け出しの頃に一番気が重かった「稿料はいくらか」という質問。これは、「すみませんが経理の都合で、稿料を先におうかがいしたいのですが」などと言うようにしました。あたかも経理部が別に存在するかのような言い方なら「私はいいんですけどね! あくまで決まりなので!」という雰囲気が出せるのではと思ったのです。それに相手も組織にいる人なので、こう言うとすんなりわかってくれるような気がしました。
最近は最初の問い合わせで稿料が明示されている場合が多くなりましたし、私も慣れて、もしわからない場合も当然のように質問ができるようになりました。でもこういう、自分の感情とは関係なく、既に決まりがあるような言い方は便利で、稿料に限らず質問をする際に何かと役立つのではないかと思います。
また、これも大事なのですが、先読みしすぎて勝手に腹を立てないこと。こんな安い金額で頼んでくるなんて、私をバカにしている! と憤って書く交渉メールは、その気持ちが相手に伝わります。でも、先方は限られた予算の中、最大限の金額を提案しているかもしれないし、単に相場を知らないのかもしれません。交渉においては、向こうを悪者にしない。ダメと思い込まずに素直に言ってみる。そういうフラットな姿勢が、意外と事態をスムーズにすすめる鍵のように思います。たとえばこんなふうにです。
ある同業の友人から相談を受けました。
駆け出しの頃に安く受けた仕事先から、数年たってもその金額のままで依頼が来る。今は新規の案件を、倍以上の価格で受けるようにしている。でも未経験の自分に仕事をくれた人なので恩があり、価格を上げてくれと言い出しにくいのだ、という話でした。それに対して、おかげさまでちゃんと食べて行けるようになりました、と心から感謝を伝えた上で、交渉するか、後輩に道を譲っては?とすすめました。友人はすぐそのように伝えたそうです。すると、そのクライアントは、気づかなくてごめんね! とあっさり提示金額に変更してくれたのだとか。あきらめずに素直に聞いてみて良い結果が出た例ですが、もしこれで金額が上がらなくても、別の新しい人が仕事を得られたかもしれません。何よりクライアントが、仕事を依頼している相手の価値があがったことを喜んでくれている様子がわかり、私も嬉しく思いました。
それでも、こういった交渉そのものが面倒だなという場合、特に価格面の交渉についてはもっと大きな改善方法もあります。自分のサイトやプロフィールに、価格の一覧表や、納期についての希望を最初から載せてしまうのです。こうすると、それを見た時点で予算に合わないからと発注をあきらめてしまう人も出てしまうかもしれません。けれどやりとりに費やす時間の大幅な短縮になります。ある程度自分の中で基準が固まり、やっていけるめどがついたら、こういった方法も有効だと思います。一応、価格表より安い金額でも内容によって相談に応じるなどの一言を添えておけば、実際はかなりの依頼をカバーできるでしょう。メニュー表のない飲食店に入るのは勇気がいります。これからは、むしろこの方法が主流になっていくかもしれません。一つのやり方に固執せず、いろいろ試してみることが大事だと思っています。
文/白ふくろう舎
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