検索
SHARE

この桜、命の桜。最後の桜。【今日もコレカラ/第876回】

大学1年生のときに、初めてゼミなるものを体験した。
一人に和歌一首ずつ、三十一文字を与えられ、そのたった三十一文字を何ヶ月もかけて調べ上げるのだ。

何をそんなにやることがあるのかと思うかもしれない。
でも、その、たった三十一文字の中に何が描かれているのかを読み解くのに、分厚い書籍を何冊も何冊も読み、
過去の考察論文を何本も読んだ。

「梅」や「桜」の一文字が入っていた人は大変だった。

万葉集まで遡って、「梅」や「桜」を描いた和歌を全部洗い出し、分析し、この桜はどんな桜なのかを研究する。
万葉集に桜の歌は少ない。この時代は、花見といえば、梅だった。

桜が、一年に一度だけ咲くもので、はかなげなものの象徴とうたわれるようになったのは、奈良時代ではなく、平安時代のことである。

転機となったのは、 在原業平の
「世の中に たえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし」
である。
咲くときだけではなく、散ることの美しさ、切なさに言及されるようなったのは、古今和歌集で桜の歌が多く収録されてから。
西行法師の、「願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月の頃」は、平安末期の歌である。

そして、「来年はこの桜を見られるだろうか」といった、死生観の象徴としてはっきりと扱われるようになったのは、さらに時代が経ってからのこと。

「明日ありと 思ふ心の 仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは」は、親鸞聖人の歌だと言われている。
秀吉は、亡くなる前の春、醍醐寺に700本の桜を植え、最後の花見を楽しんだという。

いま読んでいる小説が京都を舞台にしていて「紅葉は大丈夫です。でも、来年の桜は見られないかもしれません」という記述があった。
「そうか、母さん、今年は最後の花見になるそうだ」と奥さんに話しかけるこの感じ、日本人にしかわからない感覚だよなあと思いながら、読んでいた。

京都は二分咲き、三分咲き。
来年の桜を見られるかどうかわからないのは、なにも、病気の人だけじゃない。
最近は、よく、そんなことを考えるよねえ。

桜だけじゃなくて、椿の美しさと見事な散りっぷりに拍手を送りたくなるのも、歳をとったからか。

今日はこのあと、NHK梅田さんで、木下達也さんの『天才による凡人のための短歌教室』をみんなで読みます。

※「今日もコレカラ」は朝7時に更新です。バックナンバーが読めるようになりました。

【この記事もおすすめ】

桜の花びらが舞い落ちる速度は、秒速5センチメートル。

writer