
再読こそが読書の醍醐味だと思う理由【今日もコレカラ/第877回】
NHKさんで行っている読書会&書評講座。
2冊目の課題図書が『書くことの不純』で、内容がわりと難解だった。
初読のときには「とっつきにくい」「理解できる部分が少なかった」と言っていた参加者のみなさんが、2度目の書評リライトでは、みんなとても面白い感想を書いてくれていて、「再読でぐんと理解が深まった」ことがわかった。最初は理解できない本でも、2度、3度読むことで、だんだん読めるようになってくる。ある日突然読めることもある。
私はノルウェイの森を高校生のときに読んで「なんじゃこの本? 意味わかんねー」と思ったけれど、大人になってから再読したら、もう、わかりみが深すぎて、なんでこんなに明快な話を、当時はわからないと思ったのだろうと感じた。
なので、再読こそが読書だと思っているのだけれど、その醍醐味は、2度、3度、頭から最後まで読んで思考を深めることだけを指すのではない。
今日何かが起こったときに、あれ、この感じ、既視感がある。どこかで一度触れている。
そんなふうに感じたときに、かつて読んだ本を振り返る。
あの本のどこかに書かれていたことのような気がする。そんなふうに蔵書をパラパラめくって、その場所に辿り着き「ああ、今の私の心境にぴったりの言葉がここにあった」となるときのエクスタシーが半端ない。
これは、一度読んでいるからこそ、気づけることで。
過去に自分が読んだ本に、今救われる経験を何度もしてきた。
この再読読書は、初読があってこそである。
だから、いまわからない本でも、せっせと読んでおくことには価値があるなあって思うよ。
今日は京都の日本酒サロン粋suiで1日ママdayです。お待ちしていまーす。
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