
上手いと面白いは違う【さとゆみの今日もコレカラ/041】
「きみが入社試験で書いた文章のことは、よく覚えているよ」
23 年前、テレビ制作会社を辞める時に当時副社長だった方が、言った。
『もののけ姫はこうしてできた』などのドキュメンタリー作品で知られる、精緻で粘っこい映像を撮られる方だった。
この先は、フリーのライターになるつもりだというと、彼は4年前の入社試験で私が書いた文章について話してくれた。
「ダントツに上手い文章だったから、記憶に残っている。ライターに転身するのはいいと思う」
転職の花向けにこんなに嬉しい言葉はあるだろうか。
「ありがとうございます」
と礼を言うと、副社長は「でもね」と続けた。
「きみの文章は、上手すぎる。上手すぎて面白くない。これはきっといつか、超えなきゃいけない壁になる」
ウマスギテ・オモシロクナイ。
その時は、副社長が何を言ってるのかよくわからなかった。上手いと面白いの間にどんな壁があるのだろうか。23 年間、ずっと考えて続けてきた。
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「この文章は上手いなあ」と思う時、人は感動していない。「上手い」と冷静に評価できるくらい、心に余裕があるからだ。本当に素晴らしい文章に出会ったときは「上手い」という感想は出てこない。上手いと言われているうちは、まだまだなのだ。
現状、このあたりまで考えが進んだところだ。
先日友人にその話をしたら、「ああ、それわかるな。スポーツの世界で、『あいつ、上手いな』と言うときは、ちょっと嘲笑している感じなんだよね」と教えてくれた。「上手い人」は「技術があるだけの人」、というニュアンスを含むのだそう。「じゃあ、本当に褒めたいときは、上手いじゃなくてなんて言葉を使うの?」と聞くと、
「強い」
だと言う。
23 年考え続けてきたことに、カチンとまた新しいピースがはまったのを感じる。
上手い人になりたいか。
強い人になりたいか。
強くなるために上手くなりたいのではないか。
面白く書きたいから上手くなりたいのではないか。
手段と目的がぐるぐるする。
書きたいのか。生きたいのか。
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「ああそういう感じの人だったよな」と私も思った。そして一気にゾッとした。
だってそれってつまり、たった10 分で、まるで本当にそういう人がいたかの
ように演じきったわけでしょ?


