
大人の三角関係【さとゆみの今日もコレカラ/第 204 回】
この春まで、働きながら大学院に通っていたという友人が2人いる。いつか話を聞きたいなと思っていたら、今月たまたまそれぞれに会うことができた。 2人とも、「大学院、めちゃくちゃ楽しかった!」と言うので、「何が一番楽しかったの?」と聞くと、1人は「いろんなタイプの友達ができたこと」と言ってい て、もう1人は「いろんなタイプの飲み友達ができたこと」と言っていた。2文字しか違いがない。
そうか。大学院で得られる最大のご褒美は、MBA ではなく友人なのかと知る。
大人になってからできた友人の顔を思い浮かべると、仕事がきっかけだった人もいるけれど、何かをともに学んだ人が多いと感じる。かくいうその2人の友人も、同じ勉強会に通った仲間である。
私のライティングゼミにきてくれるメンバーたちをみていても、卒業後、頻繁につるんでいるようだ。たった半年、1年前には他人だった人たちの間に、こんなに強い関係性ができることを面白く感じる。
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大人になってからの友人は、その成り立ちが学生時代のソレとはだいぶ違うと私は思う。
学生時代、教室という同じ箱に集められた私たちは、そもそも同じ地域に生まれた同じ年齢のグループというだけで同じ箱に分類されていた。その箱の中で仲良くなる友達は、多くの場合、「相手に興味がある」とか「相手に興味を持ってもらった」からスタートする関係が多かったと感じる。興味を持つ、仲良くなる、いろいろ知る、さらに仲良くなるの順番だ。
つまりスタートは、2人の間の矢印である。
Aさん → Bさん
あるいは
Aさん ← Bさん
もしくは
Aさん ⇄ Bさん
という感じ。
これが、大人の学びの場となると、前提が変わる。
まず、
①同じ箱に集まる私たちがそもそも、近しい興味を持った母集団である。
次に、
②私たちは、その興味の対象に対するそれぞれの取り組み方や思考を見ることになる(たとえば読書会であれば、この本をどう読むのかを見ることになる。ライティングゼミであれば、この課題に対してどう取り組んだのかを見ることになる)。
つまり、私たちはある対象におけるAさん、Bさん、Cさんの思考を相互に観察することになる。
こんな感じ。
相手に興味を持つより前に、相手の思考の方向性を知ることになる。それが大人の学び(とくにアウトプットを求められる学び)の場の特徴である。しかも、それは自分も興味があることに対する思考であるから、関心も深まる。
さらに、
③直接自分に対する興味・考えではないから、多様性を受け入れやすい。
(自分のことを好き or 嫌いと言われのはしんどいが、この本のこの登場人物が好き or 私は別の登場人物が好きの違いは受け入れやすい。むしろ、その差異を語ることで話は盛り上がる)
矢印の矛先が自分ではないから、相手の考えに寛大になれる。
相手への好き嫌いを感じる前に、相手を「知る」から始まるから、好意的に関係を築ける。
大人の恋も友情も、そんな三角関係から始まること、多い。
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東京のビジネスの世界は、基本的には「儲かるかどうか」が共通言語です。でも、この五島のプロジェクトは、それだけではない多様なステークホルダーがいる。
(中略)
資本主義を基盤にしたビジネスの世界は、ある意味、終焉を迎えていると感じます。利益拡大とか、もうそういう路線じゃない、新しい価値観を探さなきゃいけない。


