検索
SHARE

いしかわゆきさんとお話したら私のバケーションは強制終了した【さとゆみの今日もコレカラ/第407回】

「noteは私にとってゴミ箱です」

「自分の常識は他人の非常識」

「サラっと書いているように見えるかもだけど、1000本書いてますから」

「読んでほしい。なりふり構ってる場合じゃない」

「全員にDMしてレビュー書いてほしいとお願いしました」

昨夜22時、ホノルル時間深夜3時に、『書く習慣』の著者、いしかわゆきさんとX(Twitter)のスペースでお話させてもらった。

冒頭のようなパワーワードがガンガン炸裂して、終わったあとは倒れるように寝たけど、数時間後に目が覚めたときは、バケーションモードだった私の2024年が強制終了して、「あ、私の2025年、今日、始まった」となった。

ゆきさんとの対談は、最近、ちょっとうすらぼんやりしている私にとっては、ガンガン脛を蹴飛ばされているような感覚だったなー。

というのも、(僭越だけど)ゆきさんが話していることって、普段私が人に(とくに書く仕事がしたい人たちに)話しているはずのことと、ワード違えど同じことだったんですよね。だけど、人の声で聞かされ、自分の耳で聞くとパンチ感が全然違った。

そっか、わたし、最近、心がちゃんと動いてないんだ!

そうそう。着ぐるみを着てるようなモコモコ感あったよ。

殴られても触られても、なんだか不感症。

心がなんとなく上の空。42キロ走っても(歩いても)、そんなに疲れなかったし、楽しかったーとしか思わなかった。なんか、もっと「人生観変わりました」みたいな感じになるかなと思ったのだけれど、どっちかというとその前の校了祭りのほうがビビッドだった。

ゆきさんとのトークの最中、fatになってる風船みたいな私の体にぷすぷす穴があいて、蹴られている、というか、えぐられてる感覚がちゃんとあった(念の為だけれど、ゆきさんの話ぶりは終始優しかったです)。

つるんと分厚い皮が剥けた、とまでは思わなかったけれど、生身の感覚が戻ってきた感じ。

あ、全然ダメじゃん。まだ全然できるじゃん。

書くだって、遊ぶだって、蕩けるだって、もっと全然できるじゃん。感情メーター振り切れてないじゃん、みたいなことを思ったよ。

今からフライトなのだけど、日本に到着する頃には、2025年のさとゆみゼミ5期生の募集締め切りの時間になっていると思う。

まずは、帰ったらすぐ、この1年、誰と取っ組み合うことになるのか、誰と人生を過ごしていくことになるのか。一生懸命考えよう。

そして、自分の残りの時間を何にフルコミットするのかを考えよう。

ひょっとしたらそれは、「書く仕事」じゃないかもしれない、というところからもう一度考えてみよう。そんなことを思った45分の対談でした。

対談じゃなくて、インタビューになっていたと思うけれど、それは、この方の話をずっと聞いていたいと思ったからでした。

いい時間をもらえた。私はいつも、ギリギリでラッキーな星にいると思う。間に合ってる感ある。

ゆきさん、ありがとうございました。ゆきさんとおつなぎしてくれたヒロさん、ありがとうございました。

めっちゃ盛り上がってる。

よし、ガンガンいくぜ。5期生、待ってて!(今日時点で6期は開催しないかも率33パーセントくらいと思ってます)

writer