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読み聞かせ。しました? されました?【さとゆみの今日もコレカラ/第565回】

今日のフリーマーケットの準備をするために家を漁っていたら、見たことのない絵本や子ども向けの本がたくさん出てきた。読んだ記憶(つまり、読み聞かせをした記憶)がある本は1冊もない。というか、子どもに読み聞かせをした記憶が、1冊しかない。ドリトル先生だった。しかも最後まで読みきれなかった。すぐに飽きた(読み聞かせに)。動物と話せるドリトル先生は菜食主義者だったのかな? というメモが当時のブログに残っている。

私自身は小学4年生になるまで毎晩読み聞かせをしてもらっていた。3歳年下の弟が小学校に入学するまで続いたので、多分4年生だったと思うのだけれど、私はもう少し早くに読み聞かせ卒業していたかもしれない。

それと関係があるかどうかわからないけれど、私はライターになり、弟は新聞記者になった。

そういえば、私の尊敬する著者さんは、子どもの読み聞かせはアレクサでやっているとおっしゃっていた(自分は親じゃなければできないことを優先する、とのこと)。私もそうすれば続いたかもしれない。

逆に、テレビからは悪いビームが出ていると習って育ったので、子ども時代のテレビは1日に30分の約束だった。テレビ制作会社に勤めたとき、『ひょうきん族』を一度も見たことがないのは私だけだった。

「これまでほとんどテレビを見たことがない」と面接で言うとどこでも面白がられて、地方のテレビ局2局、制作会社2社、加えて吉本興業まで内定していたのだけれど、当然入社してから苦労した。会社内の会話がフランス語かな? というくらい意味不明だった。なぜ私はテレビ制作会社に入社しようと思ったのだろう。今でもテレビは見ない。YouTubeを見るのも苦痛だ。

何を言いたいのかというと、子ども時代のこういった経験は、後の生活にどれくらい影響があるのだろうかを考えている。

読み聞かせとその後の読書習慣には統計的に明確な相関関係があるらしいけれど(それはイメージできる)、その後の職業選択傾向などあるのだろうか。

テレビ業界にいた人たちは、子どもの頃からテレビが好きだった人が多かったような気がする(私以外)。でも、映画業界の人たちはテレビが苦手な人も一定数いたなあ。

YouTubeやゲームなどはどうなのかな。たくさん摂取した人としない人、大人になってからの傾向や職業選択と、なんらか相関関係あるのかな。

なんてことをふわふわと。

★今日もコレからは毎朝7時に更新して24時間で消えるショートエッセイです。今日もコレカラ良い一日を!

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