
国宝にふる雪【今日もコレカラ/第594回】
話題の映画『国宝』を観た。
終電ギリギリの時間帯にもかかわらず、広い客席はほぼ満席で、前評判通り3時間を全く感じさせない怒涛のストーリーだった。
映画は雪の長崎のシーンで始まり、雪の舞台で終わる。
だからだろうか。帰り道に、雪の詩を思い出していた。
あんなに、つもっては消え、つもっては消えしているのに、どうして、いつのまに、ふんでもとけないぶ厚い雪の道ができあがるんだろう。土にとりついて、とけないで、上から落ちてくるなかまをささえた、その最初のひとつぶの雪を、加代は見たい。
(杉みき子「加代の四季」より)
方々で絶賛され尽くしているこの作品にも、やはり、降り積もる雪を支えた最初のひとつぶがあって。それは原作者である、吉田修一さんの狂気だ。
『国宝』のパンフレットの一行目は、こんな一文ではじまる。
吉田修一自身が3年間の歌舞伎の黒衣を纏い、楽屋に入った経験を血肉にし、書き上げた渾身作「国宝」。
この映画、隅から隅まで、芸事に命を賭す狂気と業の物語なのだけれど、登場人物の狂気はそのまま、この映画を関わった人たちの狂気を映し出す。演じる側も、制作する側も、どこか狂っていなければこんなものつくれない。
そして、その狂気の始まりは、原作の文章なのである。
吉田さんも、きっと悪魔さんと取引してるんやろなあ。
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