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正樹さんのこと【今日もコレカラ/第919回】

カミーノの道を歩いていると、いろんなことを思い出す。
長く引き延ばされた走馬灯のようだ。

今日は、正樹さんのことを思い出した。

正樹さんは、一回り歳上の先輩だった。
新卒で勤めたテレビ制作会社の先輩で、『世界ウルルン滞在記』という番組で一緒にフランスロケに行った。それは、私にとっては初の海外ロケだった。

荒っぽい人が多いディレクター陣の中で、正樹さんは数少ない常識人で優しくてまっとうな人だった。そんな人とロケなんてラッキーじゃんと、いろんな人に言われた。

ロケ4日目。
その日は、フランスとスイスの国境近くにあるワイン蔵を取材する日だった。
訪れたワイン蔵のオーナーさんは陽気で気さくな素敵なおじさんで、やあやあみんな飲んでいきなさい。このワインもこのワインもおいしいんだよ。と、樽から直接ダバダバとワインを注いで飲ませてくれた。
いつまでたっても私たちを離してくれないので、仕事にならない。
正樹さんは、「お前ちょっとここに残って、おじさんの相手をしてろ。俺たちは必要な素材を撮影してくる」と言っていなくなった。

おじさんはフランス語しか話せなく、私は日本語しか話せない。だから、酒を飲む以外ほかなかった。何回も何回も乾杯をして、ただただワインを飲んだ。

正樹さんたち撮影クルーが戻ってきたとき、私は意識朦朧としていたらしい。10杯ぐらい飲んだところまでは覚えている。途中からウォッカが混ざってきた気がする。
ウォッカがどんなお酒か、当時の私はよく知らなかった。ワインと同じくらいのスピードで杯をあけた。戻ってきた時は、ウォッカの瓶が半分になっていたと、後で聞いた。

その後、ロケ車に回収された私は、車の中で目を回した。どんどん気持ち悪くなり、気づいたら車内で真っ赤な血を吐いていた。
真っ赤な血だと思ったのは、赤ワインだった。

そこから丸2日は使い物にならなかった。
みんなが撮影をしている間、私は、タレントがホームステイする家のお母さんに介抱をされていた。
フランスの田舎に伝わる苦い薬草を飲まされ、数時間に1回は、「ゆみ、大丈夫?」と、お母さんが覗きにやってくる。

起き上がることもできず、ただただ、お母さんに介抱をされていた。
正樹さんには、「お前はいったい何しに来たんだ」と怒鳴られた。

ウルルン名物、お別れのシーンの撮影で、お母さんはタレントとの別れにはニコニコと握手していたけれど、私と別れるときには号泣していた。
「ゆみ、あなた、もう決して飲み過ぎちゃいけないわよ」
そう言って、私を抱きしめ泣いていた。

東京に戻ったら、「お前、フランスで正樹を怒らせたんだってな」と、噂になっていた。
温厚な正樹さんが声を荒げるところを見たことがある人は、この10年誰もいないという。
その正樹さんを初めて怒鳴らせた女として、私は会社で有名になっていた。

それからしばらく、ワインは怖くて飲めなかった。次にワインに口をつけるまでに、8年くらいかかったと思う。
今日、カミーノを歩き始めてから初の昼飲みをした。歩いている最中に飲んでしまうと、歩くのが嫌になってしまうだろうと思って自重していたのだ。
もうすぐ旅も終わるし、今日は距離も短い。そう思ったので、途中雨宿りをしたレストランで、私はワインを空けた。
だからだろうか、正樹さんのことを思い出した。

正樹さんは、私が会社を辞めたあと、ほどなくして亡くなった。まだ40代前半だったのではないか。

お前は何しに来たんだと怒られたときのことを思い出していた。
ホームステイ先のお母さんに飲み過ぎちゃいけないわよと言われたことも思い出した。

やはり、走馬灯のようだ。
正樹さんは、亡くなる時、どんなことを思い出したのだろう。

※「今日もコレカラ」は朝7時に更新です。バックナンバーが読めるようになりました。

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