
なぜ本を読むのは難しいのか【今日もコレカラ/第944回】
書籍の感想を書くときにAudibleで聞いた小説をもう一度、紙なり電子書籍なりで読み直すことがある。
Audibleだと小説がのストーリーがすんなり頭に入ってくる。
でも、目で読むとちょっと疲れる時がある。
それは単に、老眼で絵を使うのがしんどい。といった単純な話ではない。
先日突然気づいたのだが、Audibleで聞くときと自分で能動的に読むときの一番大きな違いは、会話文に対してのストレスだ。
自分の目で読むときは、会話文の一つ一つを「誰が発言しているのか」を自分の脳で考える必要がある。これが、意外と脳みそのメモリを使っているようだなということに気づいた。
一方、Audibleでは、ナレーターの人たちがそれぞれ、キャラクターの声を使い分けて話してくれる。会話が続く部分の話者が誰かわからないということがないのが楽ちんなのだ。
なるほど、「同じ小説なのに、耳から聞いた方がすらすらと内容が入ってくる理由」はこれかとわかった。
会話をつなげる文章って本当に難しいんだなぁと納得した次第。
今年、Audibleで2回聞き、紙の本でも、Kindleでも読んだ、大好きな『スピノザの診察室』について書きました。
エッセオンラインさんでの新連載、「この本、効きます」です。
ぜひご覧ください!
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