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「擬死再生」は、現代人の必殺技だ。【連載・聖の言葉と俗を生きる/第5回】

キャリアコンサルタントであり、山伏であり、真言宗の僧侶でもある、清乃(きよの)。俗と聖を往復しながら見つけた、人生の「道」を照らす言葉を届けます

かつて、年間売り上げの3分の1を占める大きな仕事を辞めたことがあります。決して嫌な仕事ではなかったのですが、次のステージに移りたいと思ったから。自営業の私としてはドキドキの決断だったけれど、周囲からは「手放せば入ってくるよ、大丈夫」と言われました。よく聞くよね、そういうの。と思いながら、勇気を持って来期の契約をお断りした。そして、その空いたところには、見事に何も入ってこなかったのです。

マジか。

入ってこなかった期間、約2年。
それまで過密だった手帳に空きスペースがポツポツとでき、最初のうちは焦ったものの、だんだん慣れてくるものです。それまでできなかった休息を取り、気ままな散歩や旅行、グズグズした朝寝坊を楽しむ日々。そうこうしているうちに十分エネルギーチャージできたのか、まるでお湯が沸いてくるように内側からフツフツとやる気の泡が立ち上るのが体感覚でわかってきました。同時に、新しい仕事の声がかかるようになり、また活発に働く日々が戻ってきました。

今にして思えば、あれは擬死再生でした。
当時はそんな言葉も、山伏修行も、全然知らなかったけれど。

*

「擬死再生(ぎしさいせい)」とは、肉体の死を伴わず、象徴的に死んで生まれ変わることを指します。
修験道の山伏修行は、「山=母親の胎内」という考え方に基づいています。山に入ることは母親の胎内に入ること、修行を終えて山を下りることは生まれ変わること。ネイティブアメリカンの伝統にも、熱々の石に水をかけて蒸気いっぱいにしたテントの中を母胎に見立てる「スウェットロッジ」という生まれ変わりの儀式があります。古来、「肉体を持ったまま生まれ変わる」ことは、なんらか必要なこととして扱われてきたようです。

実は、現代のキャリア理論にも同じ考え方があります。ブリッジズという研究者が提唱した「トランジション」という理論です。人生の節目において、私たちは何かを終わらせ、過渡期の混乱を経験し、新しい始まりを迎える。過渡期の混乱は「中立圏」と呼ばれ、早急に抜けるのではなく、一人静かに内省する空白の時間を過ごすことが推奨されています。 ブリッジズは文化人類学者が提唱した「通過儀礼の三段階(分離・移行・統合)」に着想を得て、この理論を構築しました。古の知恵が形を変えて、現代のキャリア理論に生きているのです。

仕事を手放した私の話も、まさにこの構造でした。象徴的な死である契約の終了の後、悶々とした過渡期を過ごし、新しい始まりを迎えた。なお、その体験から私は「手放せば入ってくるよ」とは安易に言いません。だって、入ってこなかったもん。入ってくるかどうかは関係ない。まずは終わらせなければ、死ななければ、新しい人生は始まらないのです。

*

私が行う山伏修行では、お祈りの言葉を唱える時間があります。

「もろもろの罪穢れ、祓い禊ぎて清々し」

唱えていくにつれ、これまでの澱が落ちていくような、自分が洗われてどんどん軽くなる感じがします。山の中で死から生に移行する間は、生命を洗濯している感覚があります。一度死んで生まれ変わった自分が元の居場所に帰ると、世界を生まれたての新しい眼で見るようです。同じ場所が、違って見える。もう少し、娑婆でやっていけそうな気がする。フツフツと、やる気の粒が沸いてくる。

もっとも、修行はしんどいんじゃないか、と思われるかもしれません。実際に険しい山道を歩く修行は体力的にも厳しいものです。でも先日私が主催した修行の後で、参加者の方々がこんなことを仰っていました。

「お祈りの言葉を唱えながら、踊りだしたくなった」
「お山に入っていたら、なんだか嬉しくなってニヤニヤしてしまった」
「下から温かく支えられる感覚があって、身をゆだねて修行できた」

もちろん「辛かった」「なんでこんなことをやっているのだろう」という声もあります。でも、身体を存分に使っていくと、思考を飛び越えた先にある生命の土台にたどり着く感覚を持つ方々がいます。言葉にならない、奥底からの至福。擬「死」再生という言葉には怖くて深刻なイメージが付きまとうかもしれませんが、それだけではないのです。「古い自分を脱ぎ捨てて生まれ変わる」ことは、真新しい自分になれるということ。実は、魂がウキウキ・ニヤニヤしちゃうことなのです。

*

企業へ研修に出向くと、よく耳にする言葉があります。

「今の仕事に疲れちゃって。早く引退したい」
「いやー、でも辞められないでしょ、経済的に」
「今更新しいこともやれないし……」

わかる気がする。
平均寿命がどんどん延び、なかなか死ねない時代だからこその、うんざり感。転生ものの小説やアニメが人気なのも、同じ理由かもしれません。「一度リセットしたい」という切実な願い。
でも、大丈夫。私たちには、「擬死再生」という必殺技がある。私が体験した2年間の仕事ブランク、までいかなくても、山伏修行やスウェットロッジ、巡礼のひとり旅でもいい。すべてを投げうつことまでしなくても、慣れ親しんだ場所を少し離れて、空白の時間を取って内側と向き合い、また、元の場所に戻る。机の前でじっとしているのではなく、自然の中で生命をお洗濯して、生命の底力を呼び醒ますのです。この肉体が滅びるまで、何度でも生まれ変わればいいのです。

文/渡辺清乃

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ぐみ

GUMI

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尾崎 ゆき

#徳島県在住 #ライター #人と人をつなぐ記事制作

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