ライター必読の専門雑誌『ライターマガジン』を発行。福岡からの情報を発信する江郷路彦編集長 【編集者の時代 第12回】
2020年7月にライターのための雑誌『ライターマガジン』を創刊。その後、2023年12月には書籍『誰も教えてくれない編集力の鍛え方~AI時代を戦う編集者・ライターの生存戦略~』を自社レーベル『JOB MAGAZINE』から出版した江郷編集長は、エッジの効いた企画を形にして、発信し続けている。
新卒で編集プロダクションに入社して以来、約30年。編プロの編集者として歩んできた江郷さんは、2006年に編集プロダクション「イージーゴー」を立ち上げ、2011年には拠点を福岡に移し、ますます精力的に活動している。
奇しくも江郷さん、さとゆみ、そしてライターの谷口は「上阪徹のブックライター塾」の卒塾生であり、編集者・ライター仲間。話題はAI時代を迎えた今、編集者・ライターはどのような素養を持ち、目指す高みはどこにあるのかに及んだ。
聞き手/佐藤 友美(さとゆみ) 構成/谷口 素子
反響が大きかったライターマガジン創刊号
――『ライターマガジン』読みました。雑誌の内容に触れる前に、まず言わせてください。「仕事と家庭の二刀流でMVPを目指す専門誌」や、「Clubhouse時代に紙でお届けするライター専門誌」。表紙のショルダーコピー、キャッチすぎます!
江郷:実は『ライターマガジン』の読者にも、ショルダーコピーを楽しみにしてくれるファンの方々がいます。世相を反映したコピーが人気のため、話題が新鮮でないとその人たちは納得してくれない。だから締め切りギリギリまで粘って考えています。
――VOL.2のショルダーコピーが「大反響で価格変更できたライター専門誌」でした。この号から『ライターマガジン』値下げしたんですよね?
江郷:価格でいうと、創刊号は強気の2,500円でした。VOL.2以降は1,300円です。創刊号は、大風呂敷を広げてスタートしたので、価格も強気の値段を打ち出しました。SNSでは「フリーライターに役立つ情報を集めた冊子メディアです」と、“ライターに特化した雑誌”とアピールして宣伝した結果、ライターを名乗る人からの反響は大きかったです。発売当時は、文章術やインタビューのノウハウをまとめた書籍はありましたが、ライターをターゲットにした、ライターのための雑誌は出版されていなかったので。値段も高めに設定し、付加価値をつけたのも話題につながりました。
しかし実売店舗は九州と東京の一部の書店のみだったので、編集部に「どこで買えますか?」の問い合わせも頻繁にありました。創刊号の売上は想定内の赤字でしたが、読みたい人はいると確信しました。現在も創刊号を含め、バックナンバーは少しずつですが売れ続けています。とはいえ、まだ在庫はありますけれど(笑)。
――『ライターマガジン』が創刊された頃は、ちょうどライターの仕事のすそ野が広がった時期だったように思います。2021年の秋に私が『書く仕事がしたい』を上梓したとき、ネットのコメント欄に「Webライターにも役に立つ」と書き込みがありました。私、その時、初めて“Webライター”の存在を知ったんですよね。
江郷: 僕もWebライターを認知したのはその頃だと思います。以前からその肩書きを名乗っていた人もいたようですが、2020年頃にWebライターと名乗る人たちが、飛躍的に増えたと思います。
――最初、Webライターとは、雑誌ライターや新聞記者のように、Webに記事を書いている人たちを表わす言葉だと思っていました。だから私自身もWebライターと言えるのかなと認識していましたが、定義が違うんですよね。
江郷: 最近はまた少し事情が変わってきていますが、当時、SNSなどでWebライターと名乗っていた人たちは、取材をせずに記事をまとめるいわゆる “こたつライター”や、検索エンジンで上位表示するための技術に特化した“SEOライター”を指すことが多かったです。さとゆみさんはネットで記事を書いていますが、インタビュー記事などがメインですよね。そういう場合、Webライターとは言わないですね。
――なるほど、そうなんですね。江郷さんはなぜ、『ライターマガジン』を作ろうと思ったのでしょうか?
江郷:SNSを見ながら、「ネットで活動するWebライターが増えたなー」と実感し、Webライターと名乗る人たちに向けて雑誌を作ったら面白いのでは? とアイディアが浮かびました。しかし作るのは自分ではないと思っていました。
――それはどうしてですか?
江郷:リソースがかかりますし、ペイするのも難しいですから。「誰かライターマガジン作ってくれないでしょうか?」と日々、SNSで呟いていました。
――誰かに作って欲しいと思っていたのに、なぜ江郷さんが作ったんですか?
うちの出版社には職業をテーマとした『JOB MAGAZINE』シリーズがあります。バックナンバーには保育士や介護士に向けた雑誌を出版していました。その企画の一つとして、看護師向けのマガジンを作ろうと動いていました。しかしコロナが流行し始めて、医療機関もパニック状態。病院関係者に「インタビューさせてください」とお願いできる状態ではなくて。でも作り手のほうのリソースは揃っている。そのときに、「あ、『ライターマガジン』を発行しよう」と閃きました。
着手する前にリサーチすると、Webで活躍している人は、企画や校正などの編集スキルを身につけている人が少ない。編集のスキルなら、僕でも伝えられるのではないかと思い、『ライターマガジン』の出版を決めました。
ライターマガジン1号はオンライン取材のみ! 逆境から生まれた戦略が話題に
――『ライターマガジン』の創刊号の企画は、取材がメインの構成になっています。コロナが始まった頃は、オンライン取材もまだ主流ではなかったはずですが、取材は対面で行ったのですか?
江郷:『ライターマガジン』の創刊号を準備していた頃は、まだコロナがどのような病気かもわからない状態でした。そのため、対面での取材は難しく、オンラインも会議ぐらいしか活用していなかった。オンラインでしか取材はできないけれど、取材を申し込む側も、受ける側も経験がないからどうしてよいかわからない。その時、思ったのです。取材相手にWebメディアの編集長を選べば、オンライン取材を受けてくれるのではないかと考えました。
――創刊号の特集は『新R25』、『キャリアハック』、『WORKSIGHT』と錚々たるメディアの編集長が顔を揃えていましたが、取材の交渉は大変ではなかったですか?
江郷:全員、ほぼ快諾でした。依頼するときに企画書で、「これを話せるのは、あなただけなんです」と書きました。誠意をもって目的をしっかり伝えたのが良かったのか、みなさん快く対応してくれてありがたかったです。
――私は同じ特集で何人かの人にインタビューを依頼するときは、一人目の出演交渉に全力を注ぎます。ビッグネームの参加が決まっていれば、他の方々のOKがすんなり出るので。江郷さんはどうですか?
江郷:僕もそうです。創刊号の場合、まずは『新R25』の渡辺将基編集長を最初に口説きました。あの頃、サイバーエージェントのWebメディアの露出が多かったのが理由です。特に『新R25』の渡辺将基編集長はよく他メディアにも登場していたため、きっと受けてくれるだろうと勝算がありました。
渡辺将基編集長の取材が終了した後、すぐにレイアウトを組み、記事を完成させました。他のメディアの編集長には渡辺さんの記事を見せて、「こういうページになります」と説明して交渉しました。
――それはうまい!
江郷:対面取材ができなくなった結果の策ですが、 “オフライン取材0”を前面に打ち出せたので、宣伝にもなりました。
取材には、僕も出来る限り同席し、「オンラインでも、オフライン同様の取材はできる」と手ごたえを感じました。
――『ライターマガジン』はどの号もエッジの効いた企画になっていますが、企画はどうやって考えていますか?
江郷:『ライターマガジン』の編集者は、基本的に2人です。さらに特集を担当してくれるライターが加わる形で運営しています。だいたい10人ぐらいで回している感じです。
僕は編集なので、いろんなライターたちと会話しやすい環境にあります。「確定申告が大変」とか、「インボイス制度ってなに?」のような、ライターの本音や疑問が聞こえてくると、「次の号で確定申告の特集やってみる?」と、企画の種にします。
また『ライターマガジン』から派生したオンラインコミュニティ「ライター研究所」を運営しているのですが、そのコミュニティからも企画の種を拾っています。在籍している170人ぐらいの人たちに、「ライターの悩みを教えて?」と質問を投げる。企画になりそうな回答があがってくると、企画に落とし込みます。例えばVOL.7の「フリーライターの持つべき資格21」は、「ライター研究所」のコミュニティからアイディアが出てきました。フリーライターに資格が必要? と僕は考えますが、この号は予想以上に売り上げが良かったので、ライターの本音なのでしょう。
――ライターの意識が変わってきているのでしょうか?
江郷:そうだと思います。
『ライターマガジン』の人気企画に“リアルアンケート”シリーズがあります。これはライターのワークスタイル、営業方法、ギャラ周辺の事情を回答してもらい、データにまとめて発表します。この特集は評判がいいです。裏を返せば、孤立して働くライターがいるからです。
さとゆみさんはライターの仕事を通して編集者、カメラマン、イラストレーター、デザイナーのほかにも、ライター同士の交流もありますよね。でもパソコンだけで仕事を完結するWebライターは、仕事の依頼から納品まで誰とも会わないで過ごす人もいます。他のライターと交流しない人も珍しくありません。だからこそ、ライターとして「いま自分はどこの位置にいるのか?」を確認したいと思っているようです。
――私はよく「いいライターはいない?」と聞かれて紹介しますが、そういう関係性が構築されていないわけですね。
江郷:そうだと思います。
僕のところにも、カメラマン、ライターを紹介してほしいと、他の編集者から問い合わせがあります。僕はカメラマンや、ライターの事情も細かく把握している。「このカメラマンは車がないから電車で行ける仕事なら受けられると思う」とパーソナルデータも合わせて伝えるので、発注側も無駄がないと喜びます。知り合いなのでマージンを取らず紹介します。さとゆみさんもそうですよね?
――そうですね。編集者さんからは、細かく要望を聞いて、その要望に合いそうなライターさんを紹介します。
江郷:そうですよね。そういうネットワークから仕事はつながっていく。
ライターは裾野が広がり、バランス感覚が優れた人が増えた気がします。だからこれからのライターは、働き方がかわるのではと僕は思うのです。フリーライターは一人で仕事を完結するのではなく、その場その場でプチ編プロみたいな集団を作って、チームでプロジェクトを遂行していく。その仕事が終わったら、また違うところに所属して仕事をする。プロジェクト単位で仕事を転々とするイメージです。
フリーランスの課題は、仕事がコンスタントにないこと。だから仕事がきすぎてこなせない時は、手が空いている人に「仕事が回らないので、ヘルプしてくれませんか」と依頼する。反対に仕事が入っていない時は「手が空いているので仕事、手伝えます」と手をあげる。
――ギルドみたいなイメージですね。組織化しないまでも、仲間内で仕事を融通し合うのは、私もよくあります。
江郷:そういうスタイルが定着すれば、ある程度、収入も安定して優秀なライターが増えると思います。
DTPまで請け負えるのがイージーゴーの強み
――江郷さんはいつ編集者になったんですか?
江郷:僕は、1994年に新卒で編集プロダクションに就職しました。以来、編プロ一筋です。
――新卒で編プロに就職したのでしょうか? 出版社を目指していたわけではなく?
江郷:実は、もともと出版業界に興味があったわけではありません。学生時代、スキー場のバイトをしていた時、ナンパした女性から反対に「東京で編集者にならない?」と誘われました。雑誌を読むのは好きだったし、興味も下心もあったので、山を下りて編集プロダクションに就職しました。しかし、入社してからが地獄でした。結局、ナンパした女性は上司になり、彼女にはいつも怒られていました。
僕が編プロにいた時代は、まだパソコンはなく、すべての作業がアナログだった頃。写植で活字を拾っている時代です。写植屋に「ゴナDBで原稿打ってください」とオーダーをしていました。
写植の改行を間違えて発注すると、カッターで最後の一文字を切りとって、次の行の先頭に貼り直す。写植も一文字幾らで買う時代なので無駄にできない。カッターで「さんずい」の一部を切り過ぎると、ごみ箱から捨てた写植を探して、「さんずい」の点の部分を切り貼りしたりしていました。
――私は2001年にライターになったから、江郷さんとは7年ぐらい違いますが、私の時代はちょうどワープロで書いた原稿を納品するようになっていました。
江郷:僕もWindows95が出た後、パソコンで編集作業ができるようになり、仕事の工程が楽になりました。三鷹居住のライターから、夜中にネットで原稿が届いたときは、感動でしたね。手書き原稿を入稿したり、写植屋に通ったり、アナログの編集作業を知っているのは僕が最後の世代だと思います。
――私は撮影しているカメラマンの後ろに立つと、どんな写真が出来上がるのかイメージできます。フィルムのカメラにはモニター画面はついてないため、その場で出来上がりを確認はできない。でも一発で使える写真を撮らなければいけない。そんなプレッシャーから培ったスキルが、今、役に立っています。
江郷:僕も編プロの先輩たちから、手荒いやり方で編集の基本や作法を学びましたが、今となっては財産です。
――江郷さんが、自分の会社を設立したのはいつですか?
江郷: 「イージーゴー」をスタートさせたのは2006年です。場所は新宿でした。
ほぼ一人編プロで、以前の編プロから仕事を請け負って生計を立てていました。その後は旅行会社のカタログや広告を、デザインから丸ごと請け負う仕事にスイッチしていった感じです。
先ほども話しましたが2011年に福岡に移住してからは、編プロ事業とは別の出版事業『JOB MAGAZINE』を立ち上げました。『ライターマガジン』もここから出版しています。『JOB MAGAZINE』で最初に出した雑誌は保育士をメインにした『保育百華』です。
――なぜ保育士の雑誌を出版しようと?
江郷:保育士不足が社会問題になっていた時で、「これは何とかしなければいけない」と思ったからです。この雑誌は求人欄を掲載したため、販売成績も良かったです。
――江郷さんのところで作る雑誌は、デザインが美しいと感じます。1号ずつ、丁寧に作られていますよね。これも制作しているのでしょうか?
江郷:DTPも行っています。博報堂の仕事を請け負っていたデザイン事務所に所属していたデザイナーが、福岡に移住してきたのがありがたかったですね。デザインの基礎からしっかり叩き込まれているので、仕事は確かです。デザイン性の高い本が作れる、これもイージーゴーの強みの1つです。
――『ライターマガジン』は最近、紙だけでなく、Webでも記事を配信していますね。
江郷:Webの構想は前から温めていましたが、僕は紙の編集者でスタートしたので、『ライターマガジン』は紙で始めようと思っていました。しかし紙媒体での企画は、2023年1月号のVOL.10までの間にやりつくしたところもあり、ここからは少しWebに力を入れてみようと思っています。
イージーゴーとしては、Web事業の一環として『ライター名鑑』を運営しています。ライターの情報を、データベースで公開するサイトです。編集者は無料で閲覧でき、ライターは年間6,000円払うと自分の情報を登録できます。このデータベースは、大手企業のメディアも利用しています。
――紙媒体とWebの編集を担当している江郷さんですが、紙媒体とWebの違いはありますか?
江郷:Webメディアは、記事を書いてデザインを整えればサイトにアップができます。だからネタが腐る心配がない。出版は発売日が決まっているので、その基準で掲載する記事を選ぶところが大きな違いです。ただWebの運用は始めたばかりなので、まだ試行錯誤しながらやっている感じですが。
――先ほど紙の『ライターマガジン』は企画を出しつくしたとおっしゃっていましたが、今後はWebに移行する感じですか?
江郷:たしかに紙媒体は発行のスパンが空いていますが、やめない予定です。ペイは難しいけれど、「こういう雑誌を出しています」と名刺代わりに、クライアントに『ライターマガジン』を出すと、信頼度が上がります。『ライターマガジン』は、仕事をとるための営業ツールと考えています。だからマイペースにこのまま発行していきます。
――ではマネタイズは『JOB MAGAZINE』の他のシリーズが担っているのですか?
江郷:そうですね。最近、『JOB MAGAZINE』の介護シリーズのターゲット層をかえました。以前は、介護施設で働く人が読者でしたが、今は介護事業者です。
介護業界はICTや、AI導入が急速に進み、介護施設のサービスも変化しています。
たとえば介護施設の利用者に10m歩いてもらい動画で撮影する。1か月後に同じように歩く姿を動画で撮影すると、その画像にスコアが表示され、歩く機能が1か月前は50点だったのに、リハビリ効果で52点になりましたとか。この結果を家族に伝えると、喜ぶだけでなく、「この事業所に通っているおかげで、歩く機能が改善されつつある」と、事業所の評判があがる。
「この歩く機能の向上を可視化した技術を、介護施設に売り込むツールとして「介護事業所での集客戦略に最適です」と記事で紹介すると、介護事業所は興味を持ってくれます。今は、メーカーをスポンサーにして、読者層を介護施設の運営者にしています。
――『ライターマガジン』はBtoC向けの雑誌で、『JOB MAGAZINE』の介護はBtoB向けですよね?
江郷:いわれてみれば、そうです。今、気づきましたが、たしかに『JOB MAGAZINE』の介護版はBtoBの仕組みです。雑誌も広告収入に頼ってペイする時代ではないと思います。実用的な技術を紹介して、使う側にも役立つ情報を提供する。紙媒体の出版を続けていくためには、そういう柔軟な発想も必要だと感じます。
――紙媒体にこだわる理由は、なぜですか?
江郷:『ライターマガジン』を紙で創刊した頃に、大手企業は競ってオウンドメディアを始めました。大手企業だから、運用資金もしっかり用意してスタートしたのに、次第に更新されなくなってしまう。その理由は収益化が難しい、担当者が異動になったと色々ですが、多くの企業がオウンドメディアをやめてしまいました。しっかり取材して、内容も濃い記事を作成したにもかかわらず、いとも簡単に削除してしまう。僕は物を作る側の人間なので、やはりいい記事はいつまでも読み続けてもらいたい。その時、紙ならば残ると感じました。だからうちの会社は紙媒体にもこだわります。
AIの登場で、ライターは消えていく?
――最近出版業界ではAI技術の台頭が目覚ましいですが、江郷さんはAIについては、どう思っていますか?
江郷:AIは便利ですよね。僕もリサーチや音声起こしに使っています。AIを活用すると原稿を書く時間は確実に短縮できるので、ツールとして使わない手はないでしょう。しかし原稿をダイレクトにAIに書いてもらうのは、もう少し時間が必要です。そのまま使える原稿があがる可能性は、ごく稀です。プロンプトを変えるといいかも知れませんが、試している時間がもったいない。自分で原稿を書いた方がはやいと僕は思っています。
――今はまだAIに原稿を書かせるのは難しい。私もそう思います。でもこれからAIが進化するとしたら、ライターは必要なくなるのでしょうか?
江郷:その質問、よく聞かれます。危機感をもっているライターもいるかもしれません。僕はAIがさらに発達すると、ライターと名乗る人は減ると思います。特にまとめ記事を書くライターや、ネットの記事を焼き直しているライターは淘汰されていくでしょう。
――私もそう思います。私はライティングゼミを運営しているため、よく「ライターを紹介してくれない?」と編集者さんに聞かれます。でも、ライターなら誰でも良いのではなく、「ちゃんと書けるライターを紹介してほしい」と思っているんですよね。その“ちゃんと書けるライター”の部分はAIで代用できないところではないかと思っています。需要は十分にあると思っていますが。
江郷:僕もそう思います。AIは、情報の処理能力は高いですが、取材はそれだけではないですからね。たとえば質問した場合、相手の答えを受けて臨機応変に次の質問を投げ返す、その思考や瞬発力はまだAIでは足りないと思います。ほかにもその職業に就いていた人にしかわからない生きた情報を収集するのも苦手です。
――取材が出来て、書けるライターはまだ仕事はなくなりませんね。最近、私の周囲でもライターはいろんな場所で求められています。たとえば病院の先生にライターを探していると相談されました。病院で高齢者が定期的に受診する科の先生は患者が絶えない。一方、一般的でない病気が専門の先生は、必要だけれど、受診する人は多くはない。そういう先生は、自分をブランディングしてアピールしないと仕事がなくなる危機があるため、ライターに記事を書いて欲しいと。
江郷:ブランディングできるライターが求められているのは納得です。これからのライターや編集者は、取材をして書くだけではダメだと思っています。取材から得た知識をさらに展開してビジネスや企画につなげていかないと生き残れないでしょう。僕も取材で得た知識を、色々と組み合わせながらここまで生き延びた人間です。
――反対に今までライターを外注していた企業も、AIの登場によってこれからは社内のリソースでライティングの仕事が完結してしまう場面も多くなると思います。私のところにも、AIを使って㏚原稿が書けるように社内の人材を育成してくださいと依頼がありました。
江郷:ライターの世界の2大巨頭といえば、上阪徹さんと古賀史健さんだと僕は思っています。職人肌の上阪徹さんのようなライターや、アーティスト気質の古賀史健さん。この2人はAIの技術が発達しても、仕事は途切れないでしょう。さらにAIが主流になってインハウスのライターがメインとなった時代でも、ライターのトップランナーとして書き続けていくと思います。
――江郷さんと私は同じ上阪徹さんのブックライター塾の卒塾生ですよね。私が1期で、江郷さんは8期。師匠の上阪さんはいまだに企画を持ち込みしています。トップとして走り続けているのに、まだ「ここに金脈がある」と解像度を持ち続けている。
地方で編プロを行う最大限のメリットを活かして
江郷:イージーゴーは編プロですが、出版社からくる仕事の依頼はほぼ受けていません。メインに受注している仕事は、企業のカタログ制作です。うちの会社はDTPまで請け負えるので、収益が上がりやすい。ほかには2023年12月に『JOB MAGAZINE』から単行本『誰も教えてくれない編集力の鍛え方』を出版しました。著者は大手ウェブメディア企業で編集部門の責任者をしているまむしさん。うちは他社よりも支払う印税の割合が高いと思います。20%ですから。
――20%の印税は高いですね。20%も払って、収支は大丈夫ですか?
江郷:書き手に売り上げを還元した方がモチベーションもあがるし、面白い本が出来ると思っています。それにうちの会社は、他社に比べてコストがあまりかからないのも強みです。編集部も人数が少ないから人件費が抑えられる。福岡の印刷所を使っているので、コストがあまりかからない。また福岡の配送業者を使っているのも大きいです。保管する場所代も東京に比べたら抑えられます。地方で編プロを行うメリットをフルに使ってコストを抑えています。
――以前この連載で取材させていただいたライツ社の大塚さんも、明石にオフィスがあるので固定費が大幅にカットできていると言っていました。そういう話を聞くと、これから地方で編プロを行う人、増えてくるようにも思います。
江郷:僕も増えると思います。
――江郷さん自身の今後の展望は?
江郷:僕はいい意味で移り気です。同じ仕事をくり返し続けていくのは得意ではありません。だから取材や仕事で得た情報と編集のスキルを活かして、横展開でビジネスを広げていきたいと思っています。
地元福岡の人を応援し、僕の編集の技術を使って幸せにするのがイージーゴーの目標です。たとえば大分には、江戸時代から続く刀鍛冶の4代目を受け継ぐ包丁職人がいます。でも後継者がいない。そういう職人のために、応援サイトを作ろうと思案中です。後継者の募集や、商品の販売はもちろん、包丁についてのディープな情報を紹介して、職人をブランディングするサイトを考えています。
僕は社会を見渡して問題を発見すると、「編集スキルで解決できないかな?」と考えます。しかも僕が考える企画は、イージーゴーだけが儲かればいいとかではない。かかわる人、すべてにメリットがないといけない。みんなが幸せにならない企画はやりません。包丁職人のサイトも、包丁職人にだけでなく、イージーゴーもライターも、そして包丁職人を目指したい人、みんなに恩恵がある。さらに地方の活性化につながります。イージーゴーは今後も九州を拠点にして活動していきますが、僕は編集者として、汗をかき続けるだけです。
編プロとして九州を応援し、周囲を幸せにしていく。これが僕の目標です。(了)
江郷路彦(えごう・みちひこ)1972年、神奈川県・藤沢市生まれ。1994年に編集プロダクションに入社。トラベルやグルメ雑誌やムック本の、企画・編集・執筆に携わる。2006年、独立して株式会社イージーゴーを設立。取材を活かした情報誌、Webメディアの記事だけでなく企画、撮影、デザイン全体を統括する編集マネジメントを行う。2011年からは拠点を九州・福岡に移して活動。自社メディア『JOB MAGAZINE』を立ち上げ、『ライターマガジン』を刊行して話題に。