
過去の失敗に学ぶ、後悔しないお金の払い方【絵で食べていきたい/第27回】
フリーランスのイラストレーターになって、色々なものにお金を払ってきました。私はもともと財布のひもが固く、一度買ったらめいっぱい元をとろうとします。それでも後悔が残るお金の使い方をしたことがあります。今回はお金の使い方を考えてみます。
もったいなかったお金の使い方
あれはもったいなかったなあと、いまだに思い出すのは、駆け出しの頃に購入したPower Mac G4(デュアルプロセッサー)です。たしか40万円ぐらいしたはずです。そのとき私は知人に組み立ててもらったWindowsパソコン(10万円以下)で仕事をしていました。1年間契約社員として働いたゲーム会社ではWindowsを使っていたからです。しかしその頃、デザイナーやイラストレーターはMacで仕事をする人がほとんどでした。「これからイラストの仕事をするなら、Macは絶対に必要になる」と先輩に言われて、発売したてのハイスペックなMacを購入したのです。当時は先輩が受けた広告の仕事も手伝っていて、制作会社の人たちは皆Macで作業していたので、将来のためにも必要だろうと思いました。
しかしその後も、イラストは慣れたWindowsパソコンで描き続けていました。そのうち、広告の手伝いよりも雑誌のイラストなどを直接請け負うことが増えてきました。Macはごくまれに、デザイナーさんからもらったデータが開けないときや、文字化けしたファイル名を確認したいときに使うだけでした。それならば、ハイスペックなMacではなく、一番安い型を買っても十分だったのです。それでも見た目は格好いいし、いつかはこれを使いこなそうという気持ちもあって、高く買い取ってもらえるうちに手放すこともできませんでした。
今でも、これから仕事に使う道具を買おうとすると、「どうせならいいスペックを」とつい考えます。でも、今の自分に必要なスペックがわからないのに判断するのはあぶないな、と少しブレーキがかかるのは、この経験のおかげかもしれません。
こうした過去の経験から、私がお金を使うときに気を付けていることが3つあります。
・「不安」ではなく「困りごと」を優先する
・「マイ損益分岐点」を設定する
・「購入しただけでは手に入らないもの」にまでお金を払わない
ひとつずつ説明します。
「不安」ではなく「困りごと」を優先する
さきほどの例で、どれだけ使うかもわからないうちにハイスペックのMacを買ってしまったのは、今困っているからではなく「今後困るかもしれない」という不安からでした。将来への不安は、どれだけ備えてもゼロにはなりません。それよりは、今まさに困っているから、差し当たりここだけ解決できればいい、と考えたほうが合理的です。困りごとは解決されたかどうか、即わかります。つまり、効果がわかることにのみお金をかけよう、ということです。
たとえば、イラストレーターは座り仕事なので、椅子にお金をかけましょうとよく言われます。しかし私は25年間、6000円ぐらいのワークチェアを快適に使っていました。最近、少し高価なハイバックチェアにしましたが、そもそも私は背もたれを使わないので「たまにもたれると気持ちが良い」位の差です。これは私の椅子の使い方が独特(椅子の上に割座、いわゆるペタン座り)だからで、そうなるのも骨格が他の人とやや違うためです。つまり、腰痛や不調で困らないなら、ことさら良い椅子でなくてもいいということになります。
一方、眼鏡には大枚をはたきました。数年前に遠近ではなく中近用の良い眼鏡を作ったのです。おかげで仕事や読書の効率が格段にあがりました。こちらはフレームも奮発したので結構な出費になりましたが、むしろお得な買い物だったと思っています。水彩やペンで絵を描くとき、老眼鏡をかけるほどではないものの、手元の原画と資料を見比べるたびに眼鏡を上げたり下げたりするのが本当に面倒だったのです。技能士のいる店で、困りごとを相談しながら作ることができたのも、何が不便でどこを解消したいのかがわかっていたからでしょう。そこが解消できたから、満足度が高いのです。
「マイ損益分岐点」を設定する
昔、無料のイラストレーターコミュニティにいた頃の話です。「もうここはやめる。仕事を紹介してもらえるかと思ったけどそうでもないし」とメンバーを抜けた友人がいました。私はそのコミュニティから仕事がもらえると思っておらず、同業者とのつながりや意見交換ができるだけで価値があると感じていました。友人の言葉に驚きつつ、なるほどその人にとって期待している部分が満たされなければ、無料でもやめる理由になるのだと気付きました。実際、無料で登録できるイラストエージェンシーもありますから、そちらに所属するほうが友人の目的に近いのです。
金額の大小にかかわらず「何を得られたら満足か」をはっきりさせておけば、自分にとって必要かそうでないかも判断しやすくなります。「マイ損益分岐点」とはこういう意味です。これを決めずに「このお金を払えば何かいいことがありそう」と考えてしまうと危険です。「何かいいこと」という期待は、不安と同様に無限に増えるからです。
「マイ損益分岐点」は、ものを買う以上に、スクールやセミナーなどを検討する場合に役に立ちます。何を学べたら満足なのか、何か資格がとれるのか、自分なりのゴール設定をはっきりさせる。そこに到達したら「元はとれた」ことにする。そう考えると、この講座やスクールは自分のゴール設定にとって妥当か、見極めやすくなります。逆に、自分のゴールがあやふやだったり、限定したくなかったりしたら、まだ大金を払う必要はないということです。
「購入しただけでは手に入らないもの」にまでお金を払わない
広告には、「これを使ったらこんなに変わった!」というビフォーアフターの写真があふれています。アフター写真が自分の理想通りだったら、つい欲しくなります。これを買えば、すぐにでも理想の自分になれそうな気がするのです。広告でなくても、私などは、友人が3Dプリンターで面白い作品を作っていたらすぐに3Dプリンターが欲しくなってしまいます。あんな作品やこんな作品を作って、そのうちオンラインショップで販売して……と、一瞬で無限に妄想が広がるのです。
しかし、さらによく調べれば、そこで立ち止まることができます。実際に3Dプリンターを使っている人の試行錯誤や、地味な作業まで知ることができるからです。喜んで買ったハンドモデルのパーツが組み立て式で、その作り方さえ読むのが億劫な私が、そう簡単に3Dプリンターの説明書に向き合えるはずがありません。お金をかけてものを得ても、それだけで一発逆転できるわけではなく、地道な作業を積み上げてはじめて成果が出るのです。でき上がった作品が素敵なのは、買ったその人が努力を重ねたからです。
ものであれ情報であれ、購入しただけで使いこなせなければ望んだ成果を出すことはできません。アフター写真に載っているのは、自分とは別の人が努力して得た姿なのです。さらに、写真はより魅力的に見えるように加工が加わっている可能性もあります。
そんなことはダイエット本を買っては読んだだけで飽きてしまい、また別の本が出れば「今度こそ頑張るかも」と手を出していた若い頃に気付いても良さそうなものです。でもいまだにこれを買うだけで理想的な結果が得られるのでは、と思うことがあります。けれど一旦立ち止まり、ここでお金を払って確実に手に入るのは何かを考えます。3Dプリンターであればプリンター本体だけ、ダイエットの本なら1冊の本だけです。素敵な作品や、スリムになった自分など、成果を得るためには自分がそれらを使って何らかの努力をしなくてはならないのです。それを手に入れただけで満足だとか、必要とされる努力を当たり前と思って、あるいは楽しみとしてできそうだと思えるならば、買ってがっかりする可能性は低いでしょう。そこまで考えて購入すれば、失敗も少ないはずです。
当然ながら、ハイスペックのMacや、3Dプリンターを買うなという話ではありません。どんなに多くの人が必要だと言っても、自分にはあてはまらない場合があること。それを見極めるには、何より自分の性格や現在位置をよく考えること。そして迷ったときには物差しとして、
・「不安」ではなく「困りごと」を優先する
・「マイ損益分岐点」を設定する
・「購入しただけでは手に入らないもの」にまでお金を払わない
この3つを思い出してもらえたら、私の過去の無駄遣いも少し報われる気がします。
文/白ふくろう舎

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