
ぽろりの効用【さとゆみの今日もコレカラ/第 107 回】
えろい話ではない。
ライター仲間のちえみが、美容院に行ったときのことを話してくれた。それまで通っていた美容院で熱処理をするトリートメントをしたところ、髪が非常に傷んだ。それをどうにかしたいと飛び込んだ美容院が、とてもよかったという話だった。
「何がよかったの?」
「説明がわかりやすかったんです。『今の髪の状態は、ボタンが全部開きっぱなしの服のようなものだ』とか。『一度、そのボタンを閉じてあげないと髪から栄養分が流れっぱなしになる』とか」
「ああ、なるほど。それはきっといい美容師さんだと思うよ。複雑なケミカルの話をそういう譬え話でお客さんに伝えられる人は、多分ほかの技術も高いと思う」
「そうなんですね。じゃあしばらく通ってみようかな」
そんな会話があった。
次に会ったときちえみが、またその美容師さんの話をしてくれた。リピートしたらしい。
2度目の施術のとき、「知り合いのライターにあなたの話をしたら『多分、いい美容師さんだと思うと言っていた』と伝えたら、『それ、さとゆみさんですか?』って聞かれたんですよ」
という。
美容師さんの名前を聞いて思い出した。もう 10 年以上前、その美容師さんがアシスタント時代に何度か話をしたことがあった。1年に 500 人くらいの美容師さんに会っていたのに、彼のことを思い出したのは、群を抜いて個性的なキャラだったからだ。
ちえみは言う。
「その美容師さん『僕、さとゆみさんに、”お前は生意気だ。接客がなってない”と言われたことがあるんです』って言ってましたよ」
う。そういう話を聞くと冷や汗が出る……。
すみません、昔の私は本当に傍若無人で偉そうで非常に性格が悪かった。その美容師さんにトラウマを残していないか心配になっていたら、「その美容師さん、さとゆみさんにアドバイスされたそうなんです」と、ちえみが言う。
アドバイス?
そう、アドバイス。
「生意気だけど、センスは本当にすごいと思う。あなたみたいなハッキリとモノを言うタイプは、海外に行ったら伸びるんじゃないかな」と言われたって話してましたよ。
さらに冷や汗が出る。私、そんなことを言ったのか。言ったような気も……する。
アドバイスなんて大層なものではなかった。生意気だと言っただけだとさすがにひどいなと思い、話の流れでつい付け足したのではないだろうか。
で、すごいのはここからで、とちえみは話を続ける。まだあるのか……とヒヤヒヤしていたら、
「その美容師さん、さとゆみさんのその言葉がきっかけで、日本の美容院を辞めてパリに行ったんですって。そこで修業して、パリコレのヘアメイクまでするようになったそうです。最近帰国して、そのときの技術を活かして日本で美容院をやっている」と。
ほええ。なんと。
そんなことがあるのか。
ぽろり。話したほうは何の気なしに口にした言葉が、誰かに強めに届いてしまうことがある。良い時もあれば悪いほうに転がることもあるだろう。
逆もしかり。その美容師さんは、自分の力で良いほうに転がしてくれた。
私も、10 代の時に高校の担任に言われた言葉、20 代のバイト先で精神科医に言われた言葉、30 代で仕事相手の編集者に言われた言葉、40 代で尊敬する友人から言われた言葉、多分その人に伝えても「そんなこと言ったっけ?」と忘れていそうな「ぽろり発言」を、後生大事に抱きしめてこの場所まできた。もしくはその言葉を蹴飛ばしたくて、この場所まで歩いてきた。
そんなぽろりや、あんなぽろりをこぼしあって、受け止めたり流したりして、みんな今の自分がある。ぽろりのおかげで、ここにいる。
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「文化祭、どうだった?」と聞くと、Aちゃんは「激ヤバだった」という。なるほど、激ヤバね。原稿用紙に書くには、たしかにちょっと文字が足りないか な。


