
自信、あってもなくても【さとゆみの今日もコレカラ/第 142 回】
「自信がなくなった」という言葉をよく聞く。仕事でもプライベートでも、たとえば「書くことに自信がなくなった」とか、「子育てに自信がなくなった」とか。
そうか。
みんなそんなに自信があったのか、と、むしろそちらの方が新鮮に感じる。
子育てに関しては言わずもがなだが、私は、自分の文章に自信を持ったことがない。
手を尽くしたつもりだけれど、意図せず誰かを傷つけることはないか、誰かの役に立ってくれるだろうか、ワクワクしてもらえるかな、そしてあの人には届くだろうか。
手放す前は何度も読み返す。一行削って、やはり戻して、句点の位置を変え、やっぱり前のほうが良いかと戻し、いやいやそもそもこの段落はいる?とちゃぶ台を返すこともある。
この時の私は自分を全く信用していない。自分の日本語を疑い、自分の常識を疑い、論理を疑う。
そのうちいろいろゲシュタルト崩壊してくるから、新しい連載や書籍に関しては、信頼する人にも読んでもらい意見を聞く。
提出したときにあるのは、自信なんてものではなく、現状の私の精一杯でしかない。締切がなければ永遠に手直ししているだろうから、締切は偉大だ。
その精一杯ですら、あとから「あれは、こう書けばよかったか!」とか「タイトル、こっちにしておけばよかった」などと気づくことがあって、地団駄する。この連載に関しては、24 時間経って取り下げた後にも、ある日ハッと気づいて過去の文章を修正していることがある。
私にとって、書き続けるのに必要なのは、自信よりもむしろ、自信の不足だ。書いているとき、私はとても謙虚になる。
明日、新刊『本を出したい』が発売になる。
先行して読んでくださった出版業界の皆々様からは「ああ、ここまで全部書いちゃいましたか」という感想を立て続けにもらい、あれ? 書いちゃダメだった? 私、書きすぎてるのかな? と思ってちょっと不安になってる笑。 いつもそうだけれど、発売前後のこの時期は、ドキドキしすぎて毎日吐きそうだ。
でも、読者の方たちに役に立つのではないかと思ったこと、今の私が知っていることを一切出し惜しみせず、忖度せず書いたことに関しては、約束できると思う。
あのね、その点は、ちょびっと自信があるの!
その日はもうこれ以上落ちるところがない、というところまで落ち込んだ。せっかく ZINE が完成したというのに、とてつもなくがっかりした。けれど、意気消沈したところで、私の文章がうまくなるわけではない、とも思った。落ち込んでいる暇があるなら、書け(と言われた気がした)。


