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好きと得意。どっちもやっちゃう。【さとゆみの今日もコレカラ/第360回】

子どもの頃、ものすごく好きでよく読んだのが、小学校の先生向けの「教育指導案の書き方」とか「公開授業の書き起こし」だった。父が学校の先生だったので、仕事部屋にそういう「先生のための専門誌」がたくさんあったのだ。

「1時間の講義をこう設計する」が書かれた指導案には、教師が投げかける予定の質問や、板書する内容、グループ討議に使う時間などが記載されている。

その指導案と見比べながら、実際の授業の書き起こしを読む。

本当にうまい先生は、授業の間、あまり話さない。生徒たちがどんどん発表して、自分たちで問いを見つけ「ねえ、これって変じゃない?」とか「こういう考え方もある気がする!」と発見をしていく。

のちにスタンフォード大学の白熱教室の存在を知った時、「ああ、あの指導案に書かれていたのは、白熱教室みたいな授業だったな」と思い出した。

4年生の時点で、こういう指導案や公開授業録を雑誌数年分全て読み切った。多分、100本近い指導案や授業録を読んだのではないか。

そして、学校で先生が授業をしているのを聞きながら「私だったら、こういう質問をしたい」とか「いまのA君の発言、もっと広げたら面白そう」とか、いつも妄想していた。

実際に自分で指導案を書いたのは、教員免許をとるために、高校に教育実習に行ったときだった。

それから、ライターになってすぐ、ある大手塾の「総合学習的クラス」の指導案を書く仕事をいただいた。トランプを使って音楽を作曲するとか、国旗を見て傾向を分析するとか、ゼロからつくる授業を1年分担当した。

次から次へとアイデアがわくし、どちらも楽しかった。ひょっとしたら、ライターより向いていたかもしれない。

すっかり記憶のかなたにあったことを思い出したのは、今月、久しぶりに指導案的なものを大量に書いたからだ。

ビジネスパーソン向けのライティグの研修講義を動画で撮影する。ベーシックコース、20分×19本分を2日かけて収録した。

動画撮影は、目の前に人がいる講義とはだいぶ勝手が違う。

ただ、正面で撮影をしてくれていた若いカメラマンさんが、画面揺れないかなと思うくらい、ずーーーっと頷きながら聞いてくれていた。1本撮るごとに、「うわあ、その視点なかったです」とか「僕もそれ、やっちゃっていましたけど、NGなんですね!」とか、リアクションしてくれた。

編集作業は普段外注するのだけれど、さとゆみさんの講義はもう一回聞きたいから、自分で編集しますと言ってくれた。嬉しい。

好きだし、苦しくても極めたいのは「書く」ことだけれど、楽しくてまったく苦がなくできるのは「話す」ほうだなあと思う。これが、好きと得意の違いなのかもしれない。

セミナーや講演をするたび、「さとゆみは、文章よりも話すほうがずっと上手い」と言われ、地味に落ち込み、「いや。もっと書くを頑張らなきゃ」と、話すことを封印したときもあったのだけれど。

今はもう、好きも得意も両方楽しめばいいじゃんって思うようになりました。WILLもCANもどっちもやっちゃう。

もう、堂々と言ってしまおう。私、講義、なんかすごく得意です。

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「次はライターになりたい」と新しい仕事のアイデアを思いついたのも、海岸で波の音を聴きながらチェアリングしていた時だった。

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