
汝の名は、「罪悪感」【さとゆみの今日もコレカラ/第494回】
多くの人にはあるようなのだけれど、私にすっからかんと、カケラもないもの。それが、「罪悪感」だと、突然気づいた。
なぜ突然気づいたかというと、先日まで22人からインタビューを受け、そのうちの何人もに
「さとゆみさんは、そういうとき(子どもを預けるとき、食事を作る暇がないとき、つい惰眠を貪ってしまうとき)罪悪感を覚えませんか?」
と聞かれたからだ。
そして昨日、大好きな先輩とワインを飲んでいたときに「私、昔は働いていない時間に罪悪感があったんだよねー」と聞いたからだ。
仕事もプライベートもいつも羽が生えている(ように見える)チャーミングな先輩から、「罪悪感」という言葉が出てくるとは思っていなくてびっくりした。
わ。みんなだいたい持っているのか、罪悪感。
罪悪感。
罪・悪・感。
ダメだ、汝の名が、我が辞書にない。
なぜ私の辞書に「罪悪感」の文字がないのだろうと考えてみる。
もう少し解像度をあげると、
・まったく罪悪感を覚えない
・仕方ないなあと思うけれど、罪悪感は覚えない
の2パタがあることに気づく。
たとえば、「子どもを預けて出張に行く」などは、まったく罪悪感を覚えない。これに関しては、どこに罪を感じるポイントがあるのか、うまく想像ができない。
たとえば、出張している父親は、全員罪悪感あるのだろうか? ある人もいるかもだけれど、ない人も多そう。私の感覚は、それに近い。
父親が出張に行くことを「子どもがかわいそうだからやめたほうがいい」と言う人、あまりいないよね。母親なら何が変わるの? というのが、真剣にわからないの。誰か教えて。
「惰眠を貪ってしまって、気づけば夕方」についてはどうかというと、「うわあ、寝ちゃったよ。でもまあ、仕方ないか」と思う。
「うわあ、寝ちゃったよ」と思うくらいだから、なんらか反省はしている節がある。でも、それは、罪悪感ではない。
私、だらしないし、決めたことあまりできないし、ロングスリーパーだし、ダメダメちゃんだから、まあ、仕方ないよねって思っている。
自分に全然期待していないから、罪悪感ない。「ブルータス、お前、今日もか!」と思うくらいだ。
罪悪感。罪悪感。
ちょっと向き合ってみたい。
向き合ってみたいと思ったけど、身体中探しても、どこにも、ない。
ぴーひょろろ。
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今の自分であり続ける限り、自分は幸せになれないと思い込んでいた。


