
誰が言うか。何を言うか。どう言うか。【さとゆみの今日もコレカラ/第559回】
昨夜は倒れるように猿爆。
文学フリマ東京40に来てくださった皆様、ありがとうございます。さとゆみゼミ&CORECOLORブースでは、68冊の仲間の本をご購入いただきました。
出店者としての参加は初めての文学フリマ。他の人のブースをほとんど見られなかったのが残念だったけれど、仲間の話を聞いたり買った本を見せてもらったりして思ったことをメモ。
①誰が書いているのか
速報値で過去最高の来場者数と発表された今回の文学フリマ(出店者数だけで、2746出店・3191ブースあっそうだ)。
これだけ数が多いブースの中でも、スタート直後から行列ができている場所はあって、それは有名作家さんのブースだったりする。
今回初めて知った言葉に「壁サー」があって、これは壁サークルの略だそうで、行列が見込まれる出店者は角っこのブースが与えられる。ここまで大規模になるとやはり、ファンがいる人は強い。
もうひとつ思ったのは、著者本人がブースにいないと、なかなか本は売れないということ。さとゆみゼミブースではいろんな人が入れ替わり立ち替わり店番をしてくれたのだけれど、本人が売っている時がやはり、売れる。本(だけ)を買いにきているのではなく、書き手とのコミュニケーションを買いにくるのだと感じる。
②何を書いているのか
ただ、有名人の本だけが売れているかとうと決してそうでもなくて、仲間が買った本の多くは、「今日初めて知った人の本」であった。
たとえば、チョコレートケーキについてだけ書かれた本。桃太郎の本、ただし犬多めとか。つまり「何が」書かれているのかで選ばれている。
この「何が(つまりテーマ)」に関していうと、書店やAmazonで売れるような本とは程遠いテーマほどビビっとくるのが文学フリマなのだなと思う。「ここじゃないと買えない」感の漂う本は強い。
③どう書いているのか
そして、独特の面白さだなと思うのが、形態の自由さである。装丁の工夫はもちろんのこと、「これは本でしょうか?」と思うような形の本もたくさんある。
仲間たちが買った本の一部はいわゆる「ジャケ買い」だったし、対面で売ることを前提としていないと成立しない形状の本もたくさんあった。
『今日もコレカラ』のZINEを買ってくれた人がいたのだけれど、見本コーナーで一番分厚い本だったので買いにきましたと言われた。「一番分厚い」が購買理由になるとは、思ってもいなかった。
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いっとき「誰が言うかよりも何を言うかが大事だ」と言われた時代があったけれど、誰もが発信する時代になり、AIまで書く時代になると、やっぱり「誰が言うか」が重要な時代に戻るなんて話をしていたばかりだった。
でも、この場所にはまだ、「何を言うか」と「どう言うか」が残っているなあと思った次第。
粗々の雑な感想なので、もうちょっと考え続けたい。


