
役に立ちたい。応援したい。【今日もコレカラ/第666回】
昨日の「『役に立つ』ってそんなにだいじかな」にたくさんのコメントありがとうございました。
みなさんのコメントを見ながら、引き続き「役に立つ」について考えている。
先日さとゆみゼミアドバンスの課題で、「自分が取材したい人に取材をして原稿を書く」に取り組んでもらった。
それまでは、公開インタビューや音源をもとに書いてもらっていたのだけれど、自分でアポを取り、一人で取材に行き、原稿を書くことをしてもらった。
面白いのは、自分で選んだ取材相手について書くときの熱量というか、切実さというか、そういうものが文章からにじんでくることだ。
自分が「この人の取り組みを知りたい、知ってほしい」「自分の原稿で応援したい」と思ったときの熱は、何にも変え難いエネルギーになる。
さて。
「役に立ちたい」と、「応援したい」の間には、どんな違いがあるだろう。
「役に立ちたい」も「応援したい」も尊い。尊い気持ちだと思う。
だけど、「役に立ちたい」のほうが少し、自分に矢印が向いているのかなと思う(それは全然悪いことではない)。
「役に立てる自分になりたい」の気持ちが、「役に立てないと自分には(人間には)価値がない」になってしまうとつらいことが増えるのかもしれない。
昨日、この「今日コレ」をアップしたあと、そんなことを考えていたら、文章を読んでくれた小国さんご本人から、メッセージをもらった。そこには「さとゆみさんが書いてくださった文章と響き合うかなあと感じて」と、YouTubeリンクが貼られている。
小国さんが、サントリーウェルネス社とJリーグが取り組んでいる「Be Suporters!」の動画だった。
5年前、「支えられる人から、支える人へ」のコンセプトで始まったこの取り組み。全国250の施設で述べ1万人のおじいちゃんおばあちゃんが、Jリーグを応援している。
この活動のことは取材時に聞いていたし調べていたけれど、あれから5年。YouTubeを見て、胸に迫ってくるものがあった。
小国さんは「企業にとって『役に立つ』活動って何だろうと考えています」という問いをくれたのだけれど、企業目線ではなく、ここにいるおじいちゃんおばあちゃん目線で、ストレートに思っちゃった。
応援できることって、なんて嬉しいことなんだろう。
ゼミメンバーが、一生懸命書いていた原稿のことを思い出す。
私が一生懸命書いてきた原稿のことも思い出す。
「もう一回青春」と言っているおばあちゃんの顔と重なる。
そして、当初の「支えられる人から、支える人へ」が、今は「いくつになっても、ワクワクしたいすべての人へ」ってコンセプトに変わっているというのも、何か、いま考えていることのヒントになるような気がした。
もうちょっと考える。
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