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自信なんてあってもなくてもいい……?【今日もコレカラ/第683回】

ある編集者さんから「自信」をテーマにした書籍を書きませんかと言われ、いや、それは専門外ですし、1本の原稿ならまだしも1冊書ける気はしませんとお話しした。
なぜそのテーマで私に? とお伺いすると、以前、この「今日コレ」かポッドキャストだかで、「自信なんてあってもなくてもどっちでもいい」と発言したかららしく。たしかに、私はいつもそう思っているなと思い出した。

さとゆみゼミでも、たとえば企画を作ってとか、ルポを書いてとか、新しいタイプの課題を出すと必ず「初めてなので自信がないです」と言う人がいる。というか、ほとんどみんな言う。
そのたびに、ライターの仕事なんて何十年やったって、毎回「初めての仕事」になるはずだよと伝える。この仕事、ルーティンはほとんどない。いつも初めて会う人、初めて訪れる場所を取材する仕事だ。
そして、自信なんていらないよ。むしろ、初めてやる仕事に自信満々で臨まれても困りますとも話す。
これはどんな仕事でもそうだろう。入社したての新人に自信満々でこられても、先輩は困るでしょう。それよりなにより、ひとつずつ謙虚にできることを増やしていってほしいはずだ。

と言う意味で「自信なんていらない」と私はいつも言っているのだけれど、じゃあ、おどおどしていなさいという意味かというと、それはまた違う。
そして、私自身は仕事に対する自信は持っていないけれど、「やったことあってもなくても、この仕事はちゃんとやり終わる」ということに関しては、自分を信頼している。これは自信の一種と言えるだろうか。

①今この仕事ができるかどうかについては自信がないけれど
②10日後なのか、20日後なのかに、この仕事を終えているはずであることについては自信があって
③なぜなら、私は、それまでに一生懸命いろいろ調べて頑張るはずであろうから

という感じだろうか。
自分の力量に自信があるのではなくて、「できなくても一生懸命頑張る人であるから多分できる」のほうに自信があるのだと思う。

で、これに関して思うのは、私が請け負っている仕事が、前人未到の仕事ではないからという前提がある。
なんらか、やる方法があるからオファーされているのであって、「オリンピックで優勝して」とか「パスモで月まで買い物に行って」みたいな無茶ぶりではないことが前提だ。
やる方法があるのであれば、まあ、やれるでしょうと思うわけです。

これは、自信でしょうか。

この話、もうちょっと考えてみたいな。

※「今日もコレカラ」は朝7時に更新です。バックナンバーが読めるようになりました。

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