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床に投げつけても残る本【今日もコレカラ/第983回】

今、雨の中を、朝8時からオープンするカフェに向かって歩いている。

ライターの堀さんに教えてもらった装丁家・緒方修一さんが経営していらっしゃるカフェ。日によっては、朝の6時半から空いているようだ。

紹介してもらった時、一緒にnoteのインタビュー記事を教えてもらった。

この部分が凄まじかった。

緒:むかし働いてた職場(出版社)でね、新刊の見本が上がる日ってあるよね、その日がくると、よく社長室から社内電話かかってきて、呼び出されるわけ。ああ、来たぞ、と。同僚から前もって聞いた話では、社長がきまって見本を床に叩きつけてるって言うんだよ。先代の頃だからむかし話だけど。

――見本を?

緒:そう、できたばかりの本。

――社長が叩きつけるの?

緒:うん。あー床じゃなくて壁だったかな? 壁の方がサイコっぽいから、やっぱり床ということにしておこう(笑)。でも怒って投げつけてるんじゃないよ。丈夫かどうか確認のためにね。

――ああ、そっちの強度ね。

緒:「残る本」をつくれって、製作部からもよく言われてたから。「残る本」っていう言葉はいろんな意味に受け止められるよね。作家や編集者にも同じ言葉を投げてたはず。でも、その言葉は受け取る立場によって、意味はそれぞれに違うんだなと思った。私が受け止めたのは、物質的に強いものこそが残る本だということだった。ご多分に漏れずカッコいいものを追求していた自分には衝撃的で、その時はじめて出版というぶ厚い壁とガチンコするのも悪くないなと思ったね。

第三回 装丁家・緒方修一が本をつくるまで(『スピノザ よく生きるための哲学』の本ができてから訊いてみた) 

全文はぜひ読んで欲しいのだけれど、こんな気概で作られる造本に耐えうる文章を書こうと思えているだろうか。

1万部刷ったうちの1冊でも良い。100年後も読まれるかもしれない本を書こうという気持ちで、書けているだろうか。

先日、広い庭を持つ築100年の古民家を改修した方のお話を聞いた。

その方の念願だった天井までの本棚を作ってもらったあと、さて、どんな本を入れようかと考えた時、100年以上残り続けている作家の本と、この先100年残したいと思う本だけを入れようと思ったらしい。

ときどきこういう話を聞くのは、いい。自分の座っている座布団のサイズばかり気にしている毎日に、喝。

よし。雨、上がった。

【この記事もおすすめ】本を書くことって、そういうことかもね。時間の流れるペースを超えること。

お店に置かれていた百年文庫

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