
息子が消えた日【今日もコレカラ/第984回】
電車の中で電話がかかってきた。画面を見ると、息子の通う中学校からだった。
ちょうど電車がホームに滑り込んだところだったので、一度電車を降りて電話に出る。担任ではない先生からの電話だった。
息子が学校に到着していないと言う。えっ? と思って時刻を見る。すでに、8時半を過ぎている。
息子とは今朝、ほぼ同じ時刻に家を出た。彼は学校に、私は仕事先に。
普通であれば、とっくについているはずだった。私がその旨を伝えると、電話先の先生は、そうなんですか。おかしいですねと言う。
おかしい。
とにかく、こちらに到着したら連絡をします。お母さんの方でも、何かわかったらご連絡くださいと言われて電話を切った。
何があったのだろう。
事故だろうか。
私は、家から学校までの道のりを脳内に思い浮かべる。ひょっとしたら、車にひかれて、どこかに運ばれているとか?
いや、事故ではないにしても突然具合が悪くなって倒れているのかもしれない。
いやいや、学校までの道のりは、どこもそれなりの人通りがある。何かあったら、誰かが気づくだろう。制服なのだから、学校に連絡も行くはずだ。
だとしたら、誰かにさらわれたとか? え? 拉致? 令和に?
頭が混乱してくる。
とりあえず、家に戻る方向の電車に乗った。通勤電車と違い、こちらの電車は空いている。
ひょっとしたら、急に具合が悪くなって家で寝ているのかもしれない。
息子のLINEにメッセージをする。もちろん、既読にならない。電話もならしてみるが、出ない。
どこだ。どこにいる?
指先が、すーっと冷たくなる。恐怖が背骨を通じて脳に届く。
今朝、彼は制服で学校に行っただろうか。それともジャージで行っただろうかと考える。
あらゆる最悪の事態が、脳内をめぐる。怖い。
引き返して、家に最寄りの駅に着いても学校からの連絡は無い。もう、9時を超えている。まだ居場所がわからないのか。
改札を抜け、先に家に戻るべきか、通学路を通って学校に行くべきか、一瞬迷う。
念のために学校に電話をかける。でたのは先ほどと同じ声の先生だった。
まだ、到着してないですよね? と聞くと、あっと、息を飲む音がした。
「すみません。連絡するのを忘れていました。あの後すぐに、登校してきました」。
全身から力が抜け、その場にへたり込みそうになる。口からは、ふわあああ、と変な声が出た。
到着したら連絡をくれると言ったじゃないですか。心配して仕事先から戻ってきたんですよと言いたくなった。
でも、息子が何事もなく戻ってきたのだからそれだけでいいではないかと思い直し、ご迷惑をおかけしてすみません、見つかってよかったですとだけ伝え、電話を切った。
もう一度、逆向きの電車に乗り直す。
無事でよかった。
無事でよかった。
後でわかったことだが、息子は体育の体操着を忘れて、一度家に帰ったのだと言う。
仕事が終わってから家で顔を見たとき、学校から電話がかかってきてさ、びっくりして戻ってきたんだよと言うと、そうだったんだ、ごめんねとあっさり言われる。
私が脳内を恐怖でいっぱいにして、電車で返してきたときには、既に彼は学校に着いていた。だから、先生が電話をくれれば、あんなにも恐ろしい時間を過ごさなくて、よかったのだけれども。
でも、よかった。
無事だったことがわかったのがはもちろんよかったし、彼に何かあったと考えることだけでも、こんなに恐怖なのだと言うことを、まざまざと知ったのもよかった。
彼が無事でいるならば、もう他には何もいらないです。ほんとうです。神様、彼を守ってください。何事もありませんように。
電車の中でそう祈ったことを、私はこの先絶対忘れないだろう。あの時の血の気が引いた感じと、指先の冷たさを忘れないだろう。
*
シルバーウィークの5連休、息子と相談をして、京都で合宿をした。
合宿といっても、京都の家に泊まり、私が契約しているコワーキングスペースで朝から晩まで私は執筆、彼は受験勉強していただけだけれど。
とにかく、この5日間は、絶対にサボらず、途中で遊びにも行かず、ブートキャンプしようと約束をして家を出てきた。
夜は、家に戻っていろんな話を聞いた。彼が今考えていることもいろいろ聞いた。主に、受験の話。将来の話。
お母さんは、キミが元気でいてくれれば、どんな学校に行っても良いのだ。どんな人生を選んでくれても良いのだ。
キミが行きたいと思ったところ、どこに行ってくれても良いのだ。
改めてそんなことを伝えた。
私は、キミがいるこの地球で生きていられれば、それだけで良いのだ。
【この記事もおすすめ】
今日の保育園からの帰り道、長女は家とは反対側にある「押しボタン式信号機」のボタンを押したいと言いだした。


