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「好きを仕事にする」の正体【絵で食べていきたい/最終回】

絵で食べていきたい。これは私にとって、好きなことを仕事にしたい、という意味でした。この連載の最後は、「好きを仕事にすること」について考えます。

25年以上絵で食べてきて、わかったこと

これからは、絵で食べていきたい。会社をやめた私は、30歳のときに思いました。当時知りたかったのは、自分にはプロとしての画力があるのか。仕事はどうしたらもらえるのか。食べていくためにはどんな能力が必要なのか……などでした。この連載では、想像と現実とのギャップも含めて、これらの疑問に答えてきたつもりです。

この連載の中で、絵で食べていけるかどうかは、画力だけでも、人脈だけでも、運だけでも決まらないこと。だからこそ自分の持つ力のすべて、「総合力」で課題を乗り越えていくことが大事だと繰り返してきました。

これは、絵だけでなく、好きなことを仕事にしたいと思う人にはほとんど当てはまることだと思います。

「好きを仕事にする」の中身

子どもの頃からマンガの絵を真似したり、「イラスト集」を作ったりしていた私は、もちろん絵を描くことが好きでした。何より、描いた絵が友達に喜ばれて、「もっと描いて」といってもらえるのが嬉しかったのです。でも、仕事にするほどの画力も才能もないと早々にあきらめました。

けれども、会社員生活に疲れて退職し、再就職もなかなか決まらなかったとき。どうせなら憧れていたことに挑戦しようと思い、絵を仕事にするために動き出しました。そして、絵で食べていくには、絵を描く以外にもたくさんの力が必要だとわかりました。また、絵の仕事は想像よりも幅広く、様々な種類があることも知りました。持てる力を総動員して動いてみたら、自分でもできる仕事が見つかり、これならやっていけそうだと思えたのです。画力や才能が足りないから絵の仕事は無理だと思っていた私にとって、これは意外なことでした。

ですからこれまで、画力以外の話をたくさん書きました。
営業のこと。契約のこと。スケジュール管理のこと。お金のこと。人とのつながりのこと。

私は営業が好きだったわけではありません。経理も好きではありません。値段交渉も苦手ですし、スケジュール管理も本当は苦手です(苦手なことを克服して、スケジュールを守れる人として認められたので、得意ぶっているだけです)。SNSの投稿やコメント返しさえ、面倒でしょっちゅうサボります。

では、好きでもないことを、なぜ続けてこられたのか。絵を描くことが「好きだから」?

正直なところ、そう単純でもありません。絵を描くこと自体、いつも楽しいわけではないからです。うまく描けないときも、修正に落ち込む日もあります。得意なものを描いたオリジナルの制作でさえ、思ったような反応がもらえなくて自信をなくすこともしょっちゅうです。私の最大の敵、「なんだかもう飽きたな」も定期的にやってきます。そんなときは「本当は絵なんか好きじゃないのかも」とふてくされたりします。

それでも振り返ると、私はずっと描いていました。仕事が減れば心細くなり、もっといい仕事はないかと就職情報サイトをうろうろしたり、ネットの情報や広告を見ては心揺らいだりします。けれど結局しばらくすれば何かを描き始め、「やっぱりここしかない」と戻ってきました。

今の私は、「好き」とは楽しいことでも、苦労のないことでもないと思っています。
本当に好きなことというのは、案外地味です。生まれたときからこれしかなかったとか、稲妻にうたれたように好きなものに出会った、という人もいるかもしれませんが、それはごくごく稀なこと。むしろ、ものすごく嫌でないことなら、おおむね「好き」の部類に入れてもいいぐらいではないでしょうか。

誰かに褒められなくてもやってしまう。
お金にならなくても気になってしまう。
離れようとしてもまた戻ってしまう。
ほかにも選択肢はあるのに、それでも手放せない。

私にとっての絵は、こういうものでした。

「好き」を人に委ねない

「好き」という言葉について長々書いたのは、この言葉には少し注意してほしいと思っているからです。

今はSNSを開けば、「好きなことで生きていこう」「好きなことを仕事にしよう」という言葉がたくさん流れてきます。もちろん、悪いことではありません。私自身が好きな絵を仕事にしてきた人間です。

ただ、注意すべきなのは、それらの言葉を見ているうちに、自分が本当に好きなことをできるかどうかではなく、「こんな風になれたらいいな」というイメージだけを追ってしまうことです。

イラストレーターになれば、
自由になれそう。
人気者になれそう。
楽しそう。
ラクに稼げそう。

そう思うことは自然です。でも、イメージだけでは長く続きません。
なぜなら実際の仕事は、先に書いたように、地味で面倒で、泥くさいことの積み重ねだからです。それでもやるのは、それらの先に自分の「好き」があり、必要なことだとわかっているからです。

「ラクして稼ぎたい! イラストレーターになればそれが叶うんだ」という考え方は順序が逆です。大切なのは、ラクそうに見える仕事を探すことではなく、自分が放っておいても続けてしまうものが何なのかを知ることではないでしょうか。

「好きを仕事にする」という言葉に煽られると、自分の本当の「好き」まで見失ったり、逆に自分にはそこまで「好きなこと」がない、と焦ったりしがちです。激しく何かに打ち込んでいる人を見ると、自分にはあんなに打ち込めるものはない、とうらやましくなることがあります。でも、ないから不幸だとか、つまらない人生だなんてことはないはずです。

探さなくてもいろいろな情報がとびこんでくる時代です。「好きを仕事にする」という言葉にしばられることなく、それは本当に自分を幸せにする道なのか、今の仕事や環境に「好き」なことはないのか、ときどき立ち止まって考えたいと思います。

「好きを仕事にする」理由

あれこれ書いてきたのは、この連載をしている間も、自分自身が迷うことが何度もあったからです。「今後も絵の仕事を続けていけるのだろうか。私のしていることは社会から本当に必要とされているのだろうか」と不安になることもあります。災害などが起きるたびに、自分のしていることは「不要不急」ではないか、好きなことばかりやっていていいのかと悩みます。正直なところ、この先絵の仕事がどうなるかを見通せるわけではありません。仕事の中身や、描くもの、描く方法は大きく変わるかもしれません。

それでも今、私は何かのかたちで絵の仕事を続けたい、この仕事で得てきたもので周りに喜ばれたいと思っています。

迷って立ち止まることはあります。特にフリーランスには、迷っていようがいまいが、何もしていないように見える時間があります。シンプルに仕事が減ったとき。家族や自分の健康面や環境面でそちらに時間を優先するとき。でも振り返れば、その間に見聞きしたことや体験したこと、新たな縁が、意外な仕事につながることも多くありました。

一歩を踏み出す。行動する。それを続けることが次の運と縁を呼ぶ。頭の中でどんなに考えていても、アウトプットして人に見えるようにしなければ何も起こりません。結局仕事は(ことに絵の仕事は)人と人との間にしか生まれ得ないからです。

自分が価値のある何かを残せる自信はありません。でも子どもの頃から、それが何の役に立つのか、と聞かれても手放せないほど好きだった絵の世界には価値があり、その端っこに自分がいられること、そこで社会と関われることはやっぱり嬉しいのです。

終わりに

私と同じように「絵で食べていきたい!」という人に向けてこの連載を続けてきましたが、すべての人にイラストレーターをすすめるわけでも、なってほしいわけでもありません。

絵でも、文章でも、全く違うことでもいいし、会社員でも、自営業でもいい。
自分の力をすべてつかい、生かしながら、自分に正直に、誰かに喜ばれて必要とされる、幸せな働き方を見つけるヒントになればとても嬉しいです。

そしてもし、離れようとしても戻ってきてしまう「好き」があると気づいたら、どうか大切にしてほしいと思います。

私もまだ、「絵で食べていきたい」の途中です。

文/白ふくろう舎


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