
「すき」のほうがおいしい【さとゆみの今日もコレカラ/第386回】
谷川俊太郎さんといえば、朝のリレーもレオ・レオニさんの翻訳も印象深かったのだけれど、学生時代に行った谷川俊太郎展で一番度肝を抜かれたのは、その人生年表だった。
恋が、多い。
結婚だけで、3回。
一人目の伴侶が詩人の岸田衿子さん。岸田今日子さんのお姉さんである。二人目は俳優の大久保知子さん。そして、1990年代は佐野洋子さん。『100万回生きたねこ」の作家さんでもある。
女性たち同士、女性たちのそれまでの恋のお相手たち同士もそれぞれ知らぬ仲ではなかったようで、作家、ことに詩人の世界というのはずいぶんと近い世界で入り組んで恋をするのだなと思った。その関係を図にしたら、『光る君へ』 の相関図も真っ青な入り組み方だろう。
佐野洋子さんの詩集には「唇」という詩があって
笑いながら出来るなんて知らなかった
とあなたは言う
唇はとても忙しい
乳房と腿のあいだを行ったり来たり
その合間に言葉を発したりもするのだから
詩集『女に』より「唇」
と書かれたりしている。どきどきしちゃう。
谷川さんは、晩年、新聞のインタビューで「(自分は)女性のことを人間だと思っていなかったの」と、発言している。
これは、女性蔑視とかでは全然なくて、その逆で「もっと大きな、自然のような存在だと感じていたんですね」と続く。
そして、自然とつながろうと思うのだけれど、自分が自然じゃないことはよくわかっているし、自然とつながろうとすればするほど言葉が邪魔をするということも、よく語ってらっしゃる。
そういう意味あいで「自然」という言葉を発する詩人に「女性は自然のような存在」と言われると、もうそれだけで生を肯定されているような気がする。自分まですてきな世界の一部になったような気持ちになる。
谷川さんの詩は、どの詩もそのときどきでいろんな感じ方をするのだけれど、今の私の年齢になって読み返すと、やはり恋の詩がすてきだなあと思う。「きみに」という詩の「筆舌につくしがたいのさ」のあたりも大好きだし、「夫が妻へ」の詩も大好きだ。男らしさを取り戻す話。ここに書くとBANされるかもしれないあのタイトルの詩ももう、最高だ。
「すききらい」という詩も、結語の10文字だけを何度も口の中でころがしていられる。
ぼくのすきなことばは
「すき」ということば
「きらい」ということばも
きらいではないけれど
「すき」のほうがおいしい
「すききらい」より
「すき」のほうがおいしい。
なんてジューシーな世界だろう。
ーーーーーーー
【この記事もおすすめ】
長谷さんが35歳のときに書いた「せみ」という詩にこんな一節がある。

