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『VIVANT』『半沢直樹』『下町ロケット』の脚本家・八津弘幸さんが書く「世界スケールの脚本」とは?【連載・脚本家でドラマを観る/第8回】

コンテンツに関わる人たちの間では、「映画は監督のもの」「ドラマは脚本家のもの」「舞台は役者のもの」とよく言われます。つまり脚本家を知ればドラマがより面白くなる。
はじめまして、澤由美彦といいます。この連載では、普段脚本の学校に通っている僕が、好きな脚本家さんを紹介していきます。

世界の『VIVANT』

最後の最後まで気の抜けない、裏切りに次ぐ裏切り。でもあの伏線、まだ回収できてないんじゃないの??
いやー、興奮しましたよね。続きはテレビドラマで2の制作? もしくは映画で伏線全回収?
なんて好き勝手に、僕は続編の展開を妄想しているわけですが、『VIVANT』ロスの皆様、いかがお過ごしでしょうか。

『VIVANT』公式ホームページより

中央アジア・バルカ共和国で、エネルギー事業を進める丸菱商事に、現地インフラ会社への誤送金が発覚。その額はなんと1億ドル。エネルギー開発事業部の乃木憂助(堺雅人さん)は関与を疑われる。乃木は汚名を晴らすべくバルカへ向かう。
この誤送金問題に、テロ組織が絡んでいることを突き止めた乃木。しかし、「お前がVIVANTか?」という謎の言葉とともにテロリストは自爆してしまい、返金は叶わなかった。爆発に巻き込まれた乃木は、警視庁公安部の野崎守(阿部寛さん)と、WHIの医師・柚木薫(二階堂ふみさん)に救われる。3人は爆破事件の重要参考人として、バルカ警察に追われることとなる。
命からがら日本に帰国した3人。丸菱商事に潜む、テロ組織「テント」のモニター(潜伏工作員)を追いつめ情報を聞き出すと、テロの最終目的は日本だと言う。
それぞれの組織に潜むスパイたちの、裏切りに次ぐ裏切り。もう誰が敵で誰が味方か想像も追いつかないまま、怒涛の展開を見せるビジネスアドベンチャードラマ。

これはもう、日本に収まりきらないスケールのドラマだ! この興奮は、第1話のファーストシーンからずっと続いていました。広大な砂漠を歩く乃木、ドローンで空撮した果てしない絶景。途中、英語やモンゴル語での会話が続き、ずっと字幕が出ることも、日本のドラマではなかなかお目にかかれない体験。

これは僕の希望的観測でもあるのですが、『VIVANT』から先の日本ドラマは、世界展開を意識したドラマ作りに大きく変わるんじゃないかと思えました。

これまでも、日本のコンテンツを世界に届ける施策は様々行われていました。

特にTBSは海外戦略に力を入れていて、「TBSグループVISION2030」の中で、「Global(海外市場)」の拡張を重点領域としています。

平たく言うと、国内最高レベルの制作能力を誇るドラマコンテンツを、グローバル市場へ出して収益を拡大する。つまり「日本のドラマを世界で売れるコンテンツにする」というようなことです。

取り組みの例として、2021年10月期放送の日曜劇場『日本沈没―希望のひと―』(主演:小栗旬さん)は、Netflixで同日配信されました。2023年6月配信のドラマ、宮藤官九郎さんと大石静さんの共同脚本『離婚しようよ』(主演:松坂桃李さん)は、TBSがNetflixでのオリジナル配信用に制作した連続ドラマです。

また、2022年1月期放送の日曜劇場『DCU』(主演:阿部寛さん)は、イスラエルのKeshet International、カナダのFACET4 Mediaとの共同開発・制作です。

「日本で制作したドラマを世界に届ける」。

例えばNetflixやDisney+など、グローバル・プラットフォームで視聴可能にすることは、世界進出の第一歩と言えますが、それだけでは世界市場で大きな存在感を示したとは言い難いと思います。

日本のドラマが世界中で大ヒットするためにはどうすればいいのか。それについては、様々な雑誌やWEB記事、SNSなどで、ドラマ関係者のコメントを目にします。

例えば『VIVANT』のように、モンゴル人キャストの起用やモンゴルでの長期ロケ、大規模&予算の制作体制を整え、圧倒的なクオリティの作品を生み出すことで、日本のドラマが世界で戦うためのニュースタンダードになり得るのではないか、そんな意見もありました。僕もそう感じたドラマでした。

そして、ここで1つ疑問が湧いてきたのです。

では、世界で通用する脚本とは、どんなものだろうか?

もちろん、世界に通用する脚本が最高で、唯一の正解だなんて思ってはいません。でも、脚本のクオリティ主導で世界を獲るというか、野球でいうところの大谷翔平選手のような、そんな脚本家がいるとしたら、どんな人だろうか?

今回は、『VIVANT』の余韻に浸りながら、そんな脚本家の未来について、思いを馳せてみたいと思います。

世界の日曜劇場

グローバル市場を目指すと宣言しているTBSの日曜劇場は、毎週日曜21:00〜21:54に放送されているドラマの放送枠の名称です。

60年以上の長い歴史を持ち、現存するすべてのドラマ枠の中で最も長寿で、これまで放送されたドラマは単発が1,877本、連続ドラマは『VIVANT』で121本目となります。

グローバルスタンダードな制作体制を整え、それ相応の予算を投じて、先ほど紹介したような『日本沈没―希望のひとー』や『DCU』など、世界との取り組みをいち早く進めているのが、この、日曜劇場なのです。

この日曜劇場で、2010年以降、多くドラマを書いた脚本家さんを表にしてみました。(メインで担当した作品を1本と数え、共同脚本を含む)

1位は『VIVANT』の脚本家である八津弘幸さんの6本。

八津作品

  • 『半沢直樹』(2013版)
  • 『ルーズヴェルト・ゲーム』
  • 『流星ワゴン』
  • 『下町ロケット』(2015版)
  • 『陸王』
  • 『VIVANT』

2位は黒岩勉さんと丑尾健太郎さんが5本で同率です。

黒岩作品

  • 『グランメゾン東京』
  • 『危険なビーナス』
  • 『TOKYO MER ~走る緊急救命室~』
  • 『マイファミリー』
  • 『ラストマンー全盲の捜査官―』

丑尾作品

  • 『小さな巨人』
  • 『ブラックペアン』
  • 『下町ロケット』(2018版)
  • 『ノーサイド・ゲーム』
  • 『半沢直樹』(2020版)

Before『VIVANT』After『VIVANT』

歴史を振り返ると、日本映画の脚本は、とうの昔から世界で評価されています。古くは小津安二郎監督の作品や、黒澤明監督の作品など。また、近年でも、カンヌ国際映画祭において、『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介さん、大江崇允さん(2021年)と『怪物』の坂元裕二さん(2023年)の脚本賞受賞が、記憶に新しいところです。つまり、日本映画やドラマの脚本はすでに、世界トップレベルだと評価されているのです。

ですからここで伝えたいのは、「日本人の書いた脚本が世界トップレベルになった」ということではなく、「はじめから世界の視聴者に目を向けたドラマの脚本制作」が、ついに『VIVANT』で行われたのではないか? という仮説です。

あらためて、『VIVANT』の脚本家でもあり、日曜劇場、執筆本数1位の、八津弘幸さんの作品について、考えてみます。

八津作品

  • 『半沢直樹』(2013版)
  • 『ルーズヴェルト・ゲーム』
  • 『流星ワゴン』
  • 『下町ロケット』(2015版)
  • 『陸王』
  • 『VIVANT』

これら6本が、八津さんの手掛けてきた日曜劇場のドラマです。すべての脚本に共通して言えることは、原作ものである、ということと、1話1時間(CM含む)をあまり守らなかったという2点かと思います。笑

『VIVANT』との比較のため、この中から『半沢直樹』『下町ロケット』『陸王』の3本を取り上げたいと思います。

『半沢直樹』(2013版)Amazonより

半沢直樹(堺雅人さん)は、世界第3位のメガバンク・東京中央銀行の有能な銀行マン。合併前の2つの派閥が醜い争いを繰り広げる中、銀行に追いつめられ自殺した父親のためにも、銀行を変えようという信念を持ち、上を目指すという経済ドラマ。

『下町ロケット』(2015版)Amazonより

精密機械製造業・佃製作所の社長・佃航平(阿部寛さん)は、主要取引先から突然の取引停止通知を受ける。追い打ちをかけるようにライバル会社から特許侵害の疑いで訴えられ、窮地に立たされた佃製作所だが、日本のものづくりを担ってきた町工場の意地を見せ、再起への道を模索する。

『陸王』(Amazonより)

足袋製造会社・こはぜ屋は、業績が低迷し資金繰りに悩んでいた。そんなある日、4代目社長・宮沢紘一(役所広司さん)は、これまでの足袋製造の技術を活かし、「裸足感覚」を取り入れたランニングシューズの開発を思いつく。宮沢は、仲間とともに試行錯誤を続けながら、ランニングシューズ「陸王」の開発に邁進する。

八津作品の醍醐味は、主人公に、これでもかというくらいのピンチを詰め込んで、一気に形勢を逆転する爽快感です。これは、ビジネスドラマで特に、その真価を発揮します。『下町ロケット』と『陸王』は、倒産ギリギリまで追い込まれてから、成功を掴み取るストーリーです。『半沢直樹』と『VIVANT』でも、もうこれ以上ないというところまでピンチが続き、一気に形勢が逆転するという意味では、先の2作品のストーリーと骨格は同じです。

では、『VIVANT』より前のドラマと『VIVANT』の脚本の決定的な違いは、一体なんなのでしょうか。

それは、「欲望の複雑化」と「死の予感」ではないかと考えています。

日本が求める分かりやすさ。世界が求める複雑さ。

「ドラマとは主人公の変化である」。この連載で何度もお伝えしてきた、脚本の学校で習うドラマの定義の1つです。

もう1つ、重要なルールとして習うことがあります。それは、物語の始めから終わりまで、主人公の「欲望」をシンプルにし、変化させないということです。(脚本の学校では「貫通行動」と呼ばれます)「欲望」は主人公の行動指針となるもので、ここが一貫して表現できていれば、視聴者が観やすく、分かりやすいためです。

しかし『VIVANT』では違いました。

(注:ここからネタバレありです)

物語の前半、乃木(堺雅人さん)は、「誤送金されたお金を取り戻したい」という規範に基づいて行動します。視聴者は、これが主人公の「欲望」だと思わされるわけです。しかし、正体が明らかになると一転、父であるノゴーン・ベキ(役所広司さん)に会い、真意を確かめるという本当の欲望があらわになり、彼の行動指針となります。

日本の、特にテレビドラマにおいては、視聴者の観やすさ、分かりやすさを優先し、貫通行動を変えないことが良しとされてきました。(だから脚本の学校でルールのように教えられるのでしょう)

これが『VIVANT』では踏襲されていないのです。

少し話は変わるのですが、スマホが爆発的に普及したのが2011〜2014年。これ以降、視聴者はスマホで映像コンテンツを観ることが多くなりました。それに合わせるように、映像制作者は、画面に映る人数を減らし、状況を音声で届けることを主流にしていきました。

ドラマは、画面をシンプルにし、セリフで状況を説明。必要以上に分かりやすくなっていったように思います。

視聴者はドラマを1.5倍速で聞き、最近ドラマがつまらなくなったと言うようになったのも、この事実と無関係ではないと思います。

ここで『VIVANT』です。

このところ、ドラマの「考察」が盛り上がりを見せていると思うのですが、『VIVANT』の考察は、今まで以上に盛り上がったように感じませんか?

その理由は3つあると思っていて、1つ目は、モンゴル語で掛け合いをし、日本語字幕を入れたことです。これで視聴者は、音声でドラマを聞くのではなく、画面に目を戻したんだと思います。

2つ目は、映像に伏線を仕込んだことです。ジャミーンがずっと野崎に笑顔を見せないことは、確認済みですか? 別班饅頭を見落とさず、見つけることはできましたか?

最後の3つ目は、『VIVANT』以前のドラマと『VIVANT』の脚本の決定的な違いに通じるものがあります。今まで八津さんが書いてきた日曜劇場作品の原作は池井戸潤さんで、勧善懲悪の物語だったのですが、『VIVANT』は演出の福澤克雄さんが原作を担当し、主人公の乃木でさえ人を殺すような、誰が何をするかわからない、考察しがいのある、複雑性を持った物語だったということです。

これら3つが、視聴者の今まで以上の参加感や、盛り上がりを作ったのではないでしょうか。映像の力を信じ、視聴者の観る力を信じ、あるべきドラマの姿を追求したからこそ、できたのだと思います。

脱線が長くなってしまったので、おさらいですが、『VIVANT』より前のドラマと『VIVANT』の脚本の決定的な違いの1つは、「欲望の複雑化」ではないかと考えています。

そして、なぜ「欲望の複雑化」をしたのかというと、世界のトレンドが複雑化したからです。

ここ数年で、ドラマの世界市場に大きなインパクトを残している韓国ドラマですが、どの作品を観ても、主人公の欲望が変化し、めまぐるしく展開する物語が主流です。

言い方は悪いですが、視聴者を信じず、総スカンを食らった日本ドラマのやり方を、『VIVANT』はあえて複雑さと分かりにくさを全面に出した脚本で、断ち切ったのだと言えそうです。

もう1つの違い「死の予感」というのは、失敗したら死に直結することに対するリアリティです。

ビジネスドラマで主人公が死ぬ可能性はほぼ0ですが、『VIVANT』では、軍隊やテロ組織など、失敗すれば命の保証がない場面がいくつもあります。

身も蓋もないかもしれませんが、「死ぬかもしれない!」と思って観るドラマが、一番ドキドキするのです。

Netflixで最も世界で観られたドラマは、『イカゲーム』。

日本の実写オリジナルシリーズで最も世界で観られた作品は、『今際の国のアリス』。

どちらもデスゲームもので、死を強く意識する作品ですが、視聴時間1位という結果を残しています。

未来の脚本

ここ数年は、「創作ドラマ大賞(NHK)」「フジテレビヤングシナリオ大賞」「テレビ朝日新人シナリオ大賞」という、テレビ局3局が脚本の募集を行っていたのですが、今年から、「日テレシナリオライターコンテスト」「TBS NEXT WRITERS CHALLENGE」という2局の募集が加わり、新人脚本家のチャンスが大幅に増えました。

特にTBSは、(TBSの話題ばかりで恐縮です)「海外でも通用する脚本家の発掘」と銘打って募集をかけています。

受賞者の中から1名以上、脚本家デビューが約束されるのですが、もう1つ重要なポイントに「育成」があります。こちらも受賞者の中から数名、TBSが実施する「ライターズルーム」への参加が付与されるのですが、「ライターズルーム」に参加すると、TBSのプロデューサーによる特別講義や、撮影現場見学。週1程度の企画開発会議への参加が認められ、プロデューサーとともにドラマの企画開発をすることになるそうです。

近年、Netflixで制作されるドラマでは、脚本をチームで書くことが増えています。

(※こちらの記事でも紹介させていただきました)

八津さんも『半沢直樹』(2013版)では、お1人で脚本を書き上げていました。しかし、『VIVANT』をはじめ、ここ数作品は、共同脚本による執筆が増えています。

新人育成や一流の皆さんの共同執筆など、脚本家のレベルは年々上がることが予想され、多くの脚本家が世界を舞台に活躍するのも、そう遠くない気がしています。

今回は僕の仮説を検証するという形で、ヒットの法則を空想してみましたが、いかがだったでしょうか。

実は、共同脚本が増えると、脚本家軸で書かせてもらっているこの連載のネタ切れにつながり、僕としては苦しくなるのですが、この連載と脚本家の世界進出を天秤にかければ、断然、脚本家の世界進出に1票です。

この問題は少し先延ばしにするとして、もう少しだけ、『VIVANT』ロスに身を委ねようと思います。(了)

文/澤 由美彦

参考資料

ドラマ

『H-code〜愛しき賞金稼ぎ〜』(2007朝日放送)
『RESCUE〜特別高度救助隊』(2009 TBS)
『魔女裁判』(2009フジテレビ)
『クロヒョウ 龍が如く新章』(2010 TBS)
『ランナウェイ〜愛する君のために』(2011 TBS)
『半沢直樹』(2013 TBS)
『ルーズヴェルト・ゲーム』(2014 TBS)
『流星ワゴン』(2015 TBS)
『下町ロケット』(2015 TBS)
『赤めだか』(2015 TBS)
『水晶の鼓動 殺人分析班』(2016 WOWOW)
『LEADERSリーダーズⅡ』(2017 TBS)
『1942年のプレイボール』(2017 NHK)
『陸王』(2017 TBS)
『家康、江戸を建てる』(2019 NHK)
『クロステイル〜探偵教室〜』(2022フジテレビ)
『アイドル』(2022 NHK)
『VIVANT』(2023 TBS)

映画

『イキガミ』(2008)
『神さまの言うとおり』(2014)
『ラプラスの魔女』(2018)

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