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脚本家・黒岩勉さん『マイファミリー』『ONE PIECE FILM』に見る「優しいミステリー」【新連載・脚本家でドラマを観る/第1回】

コンテンツに関わる人たちの間では、「映画は監督のもの」「ドラマは脚本家のもの」「舞台は役者のもの」とよく言われます。つまり脚本家を知ればドラマがより面白くなる。

はじめまして、澤由美彦といいます。この連載では、普段脚本の学校に通っている僕が、好きな脚本家さんを紹介していきます。

黒岩勉に、俺はなる!

黒岩さんは、僕の憧れの脚本家さんの1人です。ONE PIECEファンやジャニーズファンの皆さんは、名前に見覚えがあるのではないでしょうか?

映画『ONE PIECE FILM GOLD』『ONE PIECE FILM RED』や、
櫻井翔さん主演『謎解きはディナーのあとで』、
錦戸亮さん主演『よろず占い処 陰陽屋へようこそ』『サムライせんせい』、
相葉雅紀さん主演『ようこそ、我が家へ』『貴族探偵』、
玉森裕太さん主演『重要参考人探偵』、
木村拓哉さん主演『グランメゾン東京』、
道枝駿佑さんと目黒蓮さんのダブル主演『消えた初恋』。

これら作品の脚本を担当したのが、黒岩勉さんです。

さらに、今年は二宮和也さん主演『マイファミリー』が話題に。

マイファミリー (Amazonより)

二宮さん演じる主人公と、多部未華子さん演じる妻。娘を誘拐されるところから物語がはじまります。2人の仲は冷え切っているのですが、娘を救うという共通目的のため、仲間とともに犯人に立ち向かっていく。なんとか娘を取り戻すと、今度は仲間の娘が誘拐される。誘拐事件の連鎖と、それぞれの家族の絆を描いたミステリーで、2022年春ドラマの視聴率1位、年間視聴率でも2位となっている作品です。(2022年10月現在)

黒岩さんはミステリーが得意で、他にも、

東野圭吾さん原作『11文字の殺人』『危険なビーナス』、
森博嗣さん原作『すべてがFになる』『瀬在丸紅子の事件簿〜黒猫の三角〜』、
加藤実秋さん原作『メゾン・ド・ポリス』、
柚月裕子さん原作『盤上の向日葵』といった

名だたるミステリー小説を脚本にしています。

オリジナル脚本も書いていて、例えば『僕のヤバイ妻』は、

僕のヤバイ妻 (Amazonより)

伊藤英明さん演じる夫が愛人とともに、木村佳乃さん演じる妻の殺害を計画。ある日、実行しようと帰宅したら妻が誘拐されていた。しかしこれは妻の狂言誘拐で、その後、使用した身代金をめぐり様々な事件に発展していく。徐々に妻のヤバイ本性が明らかになっていくという復讐劇です。

オリジナル脚本というのは、小説やマンガを原作にしたものではなく、ドラマ用に書き下ろしたストーリーのこと。『マイファミリー』もオリジナル脚本なのですが、この2本のオリジナル脚本作品を観れば、黒岩ミステリーの特徴が見えてきます。

では謎解きです。

先ほど、黒岩さんのオリジナル脚本、『マイファミリー』と『僕のヤバイ妻』のあらすじを簡単に紹介したのですが、この2作品の共通点、つまり、黒岩ミステリーの特徴はなんだと思いますか?

正解は「主人公の夫婦仲が悪い」です。ウソです。共通点ではありますが、特徴にはならないですよね。

でも、脚本の学校で「ドラマとは主人公の変化である」と習うのですが、悪い状態からスタートさせるということは、何かしらよい結果へ向かう期待があって、黒岩脚本のポジティブさを感じることができます。

2作品とも観た人がすぐに思いつくのが、誘拐時の身代金受け渡しの手口だと思います。

犯人は用意した身代金を「◯◯まで30分で持ってこい」という指示を出します。現場に到着するとまた指示があり、「次は◯◯まで30分で持ってこい」。

これも脚本の学校で習う「カセ」という手法です。「カセ」とは主人公の行動を制限するもので、人間の本性をあぶり出します。ドラマを観ているときにカセを発見したら、それは登場人物の本性を知るチャンスです。

しかし、黒岩ミステリーの特徴は「時間制限」でもありません。

黒岩ミステリーの最大の特徴は、圧倒的なスピード感だと感じます。それは、構成を見ればわかります。乱暴に省略すると、2つのミステリーの構成は

となります。

『マイファミリー』は、
事件①:娘を誘拐される
解決①:娘を取り戻す
事件②:仲間の娘が誘拐される
事件0:過去の誘拐事件
解決②:仲間の娘を取り戻す
事件③:新たな誘拐事件
解決③:実行犯がわかる
解決0:黒幕がわかる

『僕のヤバイ妻』は、

事件①:妻が誘拐される
解決①:妻の狂言誘拐だった
事件②:使用した身代金が盗まれる
事件0:そもそもなぜ狂言誘拐を?
解決②:身代金問題の収拾
事件③:殺人事件が起こる
解決③:殺人事件の犯人がわかる
解決0:狂言誘拐の真相

近年主流の1話完結ものではなく、また、『あなたの番です』のような、複雑な伏線回収型でもないハイブリッドな構成です。

優しいミステリー

この構成から読み取れる黒岩ミステリーの特徴を「優しいミステリー」と呼んでみました。優しいというのは難易度が低いということではなくて、最後まで視聴者を置いていかず、謎解き欲求を満たしてくれる親切な構成になっているということです。

黒岩作品を観たことある人は、途中で「犯人わかった!」となることが多いんじゃないでしょうか。

例えば『マイファミリー』の
事件③:新たな誘拐事件
解決③:実行犯がわかる ← この犯人、わかった人多かったんじゃないでしょうか。

これは、事件③→解決③のように問題と解答が近く、考えやすい構成になっているからだと思います。丁寧な運びで解答まで導いてくれるのに、なんだか自力で犯人を見つけた気持ちになり、何度も言いますが難易度が低いわけではないので、相当な達成感を味わうことができます。 

さらに、黒岩ミステリーでは、この後に大抵どんでん返しがあります。でも、そのどんでん返しが、なぜか「やられたー!」と、嬉しくなってしまうのです。これもひとえに「一度は自力で犯人を見つけた」という担保のおかげ。ムカつくことなく受け入れることができる理由だと思います。黒岩ミステリーの楽しいところです。

解決③:実行犯がわかる ← 自力で犯人を見つけた!
解決0:黒幕がわかる ← やられたー!

僕は飽きっぽいので、伏線回収型の事件①②③→解決のような構成になっていると、事件を覚えておくのが面倒くさくなって、途端に結果を待つだけの受け身視聴者になってしまいます。考察ポリスには物足りないと思うのですが、僕には黒岩ミステリーの方がありがたい。一緒に解決を考えながら試聴することができるのです。(※どちらも素晴らしい構成で、どちらが優れているという話ではありません)

視聴者を離脱させず、最後まで惹きつけることに加えて、後追いの視聴者にも気を配っています。

ミステリードラマは、伏線を張り巡らせたり内容を深く掘ることで新情報を追加し、離脱(-)を防ぐ構成が多いですが、これでは新たな視聴者が入ってきて、話に追いつくことは容易ではありません。黒岩ミステリーは、解決①を早め、エピソードを短くすることで1話完結ドラマのような要素を取り入れ、「ミステリーなのに途中参加(+)可能」という、まだ観ぬ視聴者にも優しい設計になっていると思います。

最後にもうひとつ。事件①→解決①の登場が早いのも特徴の1つです。
物語の出だし、起承転結の「起」の部分では必ず、登場人物紹介や状況設定など、ドラマの説明をしなければいけません。この説明が長ければ長いほどつまらなく、視聴者が飽きて観るのをやめてしまいます。脚本家は、これをいかに短く(それでも充分理解できるように)面白く書くかが腕の見せ所だと思うのですが、黒岩ミステリーは、「起」=事件①+解決①、「承」を事件①ではなく事件②とすることで、説明を短く物語に入り込む仕組みにしています。

例えば『僕のヤバイ妻』では、

事件①:妻が誘拐される(状況説明)
解決①:妻の狂言誘拐だった(狂言誘拐をするような妻のキャラクターと関連人物の紹介)

のようになっています。

ミステリー=ヒーローもの

黒岩さんにはミステリーともう1つ、得意分野があります。

映画
『ONE PIECE FILM GOLD』
『ONE PIECE FILM RED』
『キングダム』
『キングダム2』

ドラマ

『O-PARTS〜オーパーツ〜』
『dinner』
『よろず占い処 陰陽屋へようこそ』
『グランメゾン東京』
『アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋』
『TOKYO MER〜走る緊急救命室〜』

ヒーローものです。

黒岩ミステリーフォーマットは「ヒーローもの」にも流用されています。最新作、映画『ONE PIECE FILM RED』で確認してみましょう。
(注:ここからネタバレありです)

音楽で栄えた国・エレジアに熱狂が戻ってきた。

世界で最も愛されている歌姫・ウタの初ライブが、エレジアで開催することになった。麦わらの一味ほか、ウタを狙う海賊、海軍なども参加している。ルフィはステージを観て驚く。ウタは子どもの頃からの知り合いで、シャンクスの娘だった。「あの海賊嫌いのウタが?」と、会場がざわめく。再会を喜ぶ2人だったが、ルフィが海賊になったことを知ったウタの表情が曇る。「ルフィ、海賊やめなよ」。幼い頃は赤髪海賊団の一員だったウタの言葉に、ルフィは戸惑う。

ピンチ①:ウタのライブで、海賊たちが自由を奪われる
クリア①:仲間は捕まるが、ルフィは逃げのびる
ピンチ②:ウタの野望が明らかに。
     それは、全世界の人々の心を仮想空間に閉じ込め、一生楽しく暮らすこと
ピンチ0:ウタはなぜ海賊を憎むようになったのか?
     かつてエレジアを壊滅し、ウタを置き去りにした海賊への復習。
     争いのない、海賊のいない新時代を作る決意
クリア②:仲間の解放。海賊、海軍、世界政府が共闘し、仮想空間脱出を目指す
ピンチ③:苦戦するウタが、エレジアの魔王を目覚めさせる
クリア③:魔王を倒し、現実世界へ戻る
クリア0:ウタの心は救われたのか? ウタの望む新時代の行方は?

ミステリー同様、ピンチ→クリアが直結している、わかりやすい構成になっています。そしてそれが連続して起こることで、逆境を乗り越える高揚感が続きます。

また、クリア③→クリア0の流れも、『マイファミリー』の「解決③:犯人がわかる→解決0:黒幕がわかる」と同様に、明らかなラスボスが倒された後、どんでん返しの真相を知らされるという驚きが待っています。

冒頭のライブシーンも迫力がありますし、ぜひ劇場で確認することをオススメします。

三つ星レストランに、俺はなる!

最後にもうひとつ、黒岩さんのオリジナル脚本作品でも確認しておきたいと思います。2019年の視聴率第1位だった作品、『グランメゾン東京』です。

グランメゾン東京 (Amazonより)

主人公は木村拓哉さん演じる尾花夏樹。

パリで二つ星を獲得したフレンチの料理人・尾花は、ある事件をきっかけに表舞台から姿を消していた。三つ星を獲りたいと日本から来た女性料理人と出会い、その想いに感銘を受ける。尾花は2人で東京に店をつくらないかと提案。三つ星を獲らせてやると宣言する。事件でバラバラになっていた仲間たちを説得し、三つ星を目指す。

ピンチ①:アレルギー食材混入事件で職場を失う
クリア①:女性料理人と出会い、東京で店を出すことを決める
ピンチ②:事件のせいで、ともに働く仲間が見つからない
ピンチ0:事件の真相とは?
クリア②:料理への情熱や熱意によって少しずつ信頼を取り戻し、仲間を増やしていく
ピンチ③:最大のライバル店との星をかけた戦い
クリア③:ライバル店に勝利
クリア0:それぞれの未来

どんでん返しの驚きは少なかったですが、ヒーローものとして、最高の達成感を味わえたドラマでした。

今回『マイファミリー』や『グランメゾン東京』の構成を中心に、黒岩作品の優しさや爽快感、スピード感、達成感といったドラマの軽い部分に焦点を当てて紹介してきましたが、「家族」や「仲間」といった深いテーマ設定、重厚な人間ドラマであることは補足しておきたいと思います。

とはいえ、ちょっと疲れたときにまた黒岩作品を観返して、元気をもらおうと思います。

文/澤 由美彦

参考資料

ドラマ
『世にも奇妙な物語2009年 秋の特別編「自殺者リサイクル法」』(2009フジテレビ)
『11文字の殺人』(2011フジテレビ)
『O-PARTS〜オーパーツ〜』(2012フジテレビ)
『世にも奇妙な物語2012年 秋の特別編「ヘイトウイルス」』(2012フジテレビ)
『dinner』(2013フジテレビ)
『半沢直樹』(2013 TBS)※
『すべてがFになる』(2014フジテレビ)
『僕のヤバイ妻』(2016関西テレビ)
『メゾン・ド・ポリス』(2019 TBS)
『あなたの番です』(2019日本テレビ)※
『グランメゾン東京』(2019 TBS)
『アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋』(2020フジテレビ)
『危険なビーナス』(2020 TBS)
『消えた初恋』(2021テレビ朝日)
『マイファミリー』(2022 TBS)

映画
『ONE PIECE FILM GOLD』(2016)
『GANTZ:O』(2016)
『悪と仮面のルール』(2018)
『キングダム』(2019)
『ONE PIECE FILM RED』(2022)

※印作品の脚本家は黒岩勉さんではありません。

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