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ちゃんめい

“美味しい”は味だけじゃない。『一緒にごはんをたべるだけ』【連載・あちらのお客さまからマンガです/第23回】

「行きつけの飲み屋でマンガを熱読し、声をかけてきた人にはもれなく激アツでマンガを勧めてしまう」という、ちゃんめい。そんなちゃんめいが、今一番読んでほしい! と激推しするマンガをお届け。今回は、最近食べた美味しいものについてつい深く考え込んでしまったという、大町テラス先生の『一緒にごはんをたべるだけ』について語ります。

ここ最近は、美味しいものを食べる機会に恵まれた。かつての同僚の自宅にみんなで大集合して、そのお子さんたちと一緒に生地から手作りしたピザ。15年来の友人と1個99円という謎の破格にビクビクしながら食べた蒸し牡蠣も美味しかった。

実はその他にもバレンタインデーにかこつけて、ちょっとお高めのチョコを自分で買って自分で食べるということもした。そのチョコのお味は確かに素晴らしかったはずなのに、なんだか美味しいの記憶が薄い。

こうして考えてみると、私にとっての“美味しい”とは決して味だけではなく、「誰と」「何をしていたか」といったスパイスによって構成されているのかもしれない。そんなことをしみじみと考えてしまったのは、大町テラス先生の『一緒にごはんをたべるだけ』を読んだから。

“一緒にご飯をたべるだけ”ビジネスパートナーのはずだった彼

――今日がもし人生最後の日だったとして、どこで誰と何を食べますか?

『一緒にごはんをたべるだけ』はそんな問いから始まる。主人公は料理教室で講師を務めるタキ。雑誌でレシピ連載を持つ彼女は、その編集者であるレイくんと試作を作り、一緒に食べるのが日常となっている。

仕事ではあるけれど、「人生最後の日何を食べる?」なんて他愛もないおしゃべりに花を咲かせながら料理の工程を共に楽しんだり、完成した料理を一緒に食べる時間。それは、タキはもちろん、レイくんにとっても大切で愛おしい時間の一つ。

この時間がずっと続きますように、と願ってやまない2人だが、1話のラストでその本当の意味に気付かされる。ずっと続いてほしいのは正確にいえば “一緒にご飯をたべるだけ”のビジネスパートナーとしての関係であるのだと。なぜなら2人はお互い既婚者だからだ。

タキにとっての“美味しい”とは何か?

餃子、アイリッシュシチュー、手巻きごはんなど、毎話登場する思わず目が嬉しくなるようなご飯の数々。そしてその料理を調理するのは一見すると多幸感にあふれた男女だが、その裏では決して一線を越えてはならないと、幸福と背徳感との板挟みでジリジリとしている。

直接的な関係は持たず、一緒にご飯を食べるだけに留まっている(今のところ)ので、言うなれば本作は美味しいご飯を巡るプラトニックW不倫な物語というべきか……。つい、この関係をどう思うか? で誰かと語り合いたくなってしまうけれど、私が興味深く感じたのはタキにとっての“美味しい”だ。

そもそもタキは夫婦関係が破綻しているわけではなく、夫が帰ってきたら笑顔で迎え、普通に食卓を囲んでいる。腕によりをかけた料理をしっかりと食べてくれて、自分のことを大好きだと言い大切にしてくれている夫がいるのだ。なのに、夫よりもレイくんと一緒にいる時の方がご飯が美味しい。

それは、夫がレイくんみたいに気の利いた感想をくれないから? それともお肉の焼き加減にこだわったことや、旬の野菜について一緒に盛り上がれないから? 作中で描かれるタキの夫婦生活を傍から見ていると、彼女の“美味しい”に欠かせないスパイスが浮き彫りになっていく。

“美味しい”は味だけで構成されていない

「レイくんだったら」というもしもを重ねていくたびに、どんどん色褪せていく夫との食卓。いやいや、料理の感想を言ってくれる人が良いなら最初からそういう男性と結婚すれば良いのでは……という正論パンチが一瞬脳裏をよぎったが、きっとレイくんと知り合ったことでそのスパイスの旨みに気付いてしまったのかもしれない。

さらにいえば、タキとレイくんが一緒にいる時に漂う、あのなんとも言えない温度感。言葉を選ばずにいえば、どちらかが「踏み外してくれないかなぁ」とどこか期待をしているような、いつ食べてしまおうかと互いに様子を伺っている感じ。きっとこのスリリングさが旨み成分を倍増させているのではないかとも思ってしまった。

タキにとっての“美味しい”とは、冒頭で私が感じたように味だけで構成されていない。料理への反応、食べながら交わす会話、そしていつまで経っても消化できずに残っている許されざる想い。そういった複雑な条件が重なり合うことで彼女の“美味しい”が構成されているのだろう。

とはいえ、タキのような“美味しい”は自分には到底手に負えないので、これからも冒頭で話したようなカラッとした美味しさを味わって生きていきたいもの。

さて、みなさんにとっての“美味しい”とはなんですか?

文/ちゃんめい

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