
好きに不思議の好きあり【さとゆみの今日もコレカラ/022】
「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」
プロ野球の野村監督の言葉で有名になったけれど、もとは江戸時代の剣の達人、松浦静山の書の一節だそう。
勝つ時はなぜ勝てたのかわからない不思議な時があるけれど、負ける時には必ず負ける理由があるという意味。
ここからは私の妄想だが、これ、人に対しても言える気がする。
「好きに不思議の好きあり。嫌いに不思議の嫌いなし」
好きな人に関しては、理由を説明できないことも多い。ただ、一緒にいると心地よいと細胞が知っている。
一方、嫌いな人に関してはもれなく嫌いな理由がある。生理的に無理、ですら理由がある。
ところで、誰かを嫌いと思う時は、大抵こちら側にその要因がある。その人のそばにいたくないのは、その人が映し出す自分の姿が醜いと感じるからだ。コンプレックスを刺激されたり、許せない何かを突かれたり。多くの場合、自分の弱点があらわになる時に、人は人を嫌いになる。
つまり、鏡なのだ。その人が嫌いなのではなく、その人と一緒にいる時の自分が嫌い。
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先ほどの野村監督先の言葉は、孫氏の兵法と並べられることも多い。孫氏は、まず負けない備えをしろと説いた。なぜなら、負けない準備は自分でできるから。勝てるかどうかは相手が隙を見せるかどうか次第。
これを再び、人に当てはめてみるとどうなるだろう。
嫌いな人を増やさない準備は自分でできる。好きな人ができるかどうかは相手次第、となる。
さてこれは、現実とリンクしているだろうか。
婚活道場を経営する知り合いは、自己肯定感が高まると、パートナーが見つかりやすくなると言っていた。誰にどこを映し出されても、その自分の姿を愛せるなら恋に落ちやすいということだろう。逆に、鏡に映る自分が嫌いだったら、誰に映し出されても相手を好きになることはできない。の、かな?
早朝、ただの、思考実験。


