
生きたぶん増える【さとゆみの今日もコレカラ/第 62 回】
最近読んだ本に、「私たちは1日に 24 時間ずつ死んでいく」という記述があって、その言葉がずっと忘れられない。
ドキッとする表現だったから忘れられないのだが、それ以上に、何か引っ掛かるものがあった。本当にそうか? 私たちは本当に1日に 24 時間ずつ死んでいくのだろうか。
1日に 24 時間ずつ死ぬという考え方は、引き算だ。命には限りがあって、そこから毎日 24 時間を差し引いていく。自分の手の中にある持ち時間はどんどん目減りしていく。
一見、その通りのように思うが、問題は手持ちの時間が読めないことだ。手持ちはあと 10 年あるかもしれないし、ひょっとしたら 24 時間を切っているかもしれない。
では、「私たちは1日に 24 時間ずつ生きている」と考えたらどうだろう。当たり前すぎて格言にもならないが、引き算よりも、積み上がる感じがあってかわいらしいと思う。自分の体内時間を減らすのではなくて、自分の外に 24時間生きた証を積んでいく。
生きたぶん減るのではなく、生きたぶん増える。
そう考えると、ちょっとにっこりできる気がする。問題は何を増やすかだ。できれば自分本体が無くなったあとにも、地球に優しい何かが残っているといいな。
明けましておめでとうございます。
今年も、生きるのが楽しみです。
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後ろを振り向けば、これまで書いてきた作品たちがいますしね。昔の作品を読んでみると、「なんだ、ちゃんと面白いじゃん」って今は思えるんですよ。


