書けない葛藤。待ち続けた編集者。大ヒット小説『珈琲店タレーランの事件簿』10年の軌跡
2022年8月に登場した『珈琲店タレーランの事件簿8 願いを叶えるマキアート』。人気シリーズ「タレーラン」の最新作だ。シリーズ8巻目は、作家の岡崎琢磨さんにとってデビュー10周年というタイミングで出版された。
デビューのきっかけは、宝島社の『このミステリーがすごい!』大賞。受賞は逃したものの、編集部推薦の「隠し玉」としてデビューが決定。日常の謎を扱ったミステリが前代未聞の売れ行きを博し、累計250万部を超える人気シリーズとなった。
順風満帆に見える岡崎さんの作家人生だが、実は、人知れず苦しみも味わっていた。『タレーラン』以外の作品が思うように売れず、ミステリ作家として認められない葛藤と闘ってきた。心に不調をきたし、小説家を辞めることさえ、頭をよぎったという。
デビューから10年間、大きな波に呑まれながらも作家人生を泳ぎ続けてきた岡崎さんと、応援の言葉をかけ続けながら、時には遠くからそっと見守ってきた『タレーラン』担当編集者の下村さん。2人の対談は、今回が初めてだという。5年生存率5パーセントと言われる小説家業界で、売れる作品を作るだけではなく、体温のある信頼関係を築いてきた二人の10年の軌跡に迫る。
1章 洗練されていない作品。それでもデビューが決まったワケ
── 『タレーラン』10周年おめでとうございます。 この10年間、下村さんが担当編集を務められたんですよね。
下村 はい。デビューのきっかけとなった『このミステリーがすごい!』大賞応募のタイミングからずっとですね。
── 岡崎さんのデビューの経緯を教えてください。
岡崎 大学卒業後、フリーターをしながら実家の寺で小説を書き、賞に応募する日々を過ごしていました。宝島社さんから連絡をいただいたのが、2011年の8月15日で、実家の手伝いをしていた日でした。お盆というのもあって忙しく過ごして、疲れたなと思って本堂で休んでいたら電話がかかってきたんです。『このミス』大賞2次選考の結果連絡でした。
1次選考の時に、「当落選上ギリギリ」って言われていたし、僕自身あまり手応えはなかったので、落選の連絡だろうと。そうしたら、「最終に残った」と。しかも、「受賞しなくてもデビューさせたい」と耳を疑うような連絡で。
下村 いやぁ、すごい先走ってますよね(笑)。本来、デビューは選考委員が決めるので、この段階ではあんまりそんなこと言っちゃダメなんですけれど……。でも、編集部の総論として「これは世に出ていい作品だ」と考えていました。
── どんな点で、そう感じたのでしょうか?
下村 本のパッケージが浮かんだんです。本屋に並んでいる雰囲気があったというか。
岡崎 新人賞の攻略サイトでもよく、「キャッチコピーをつけられるか」が大事だと書いてあります。パッケージングしやすかったということでしょうか。
下村 そうそう。なんかこう、コーヒーを飲みながらミステリーを楽しんでいる読者さんが想像できて。連続殺人鬼やサイコパスが出てくるような残忍な話ではなく、ゆったり読みながらもドキドキしたりワクワクしたりしながら謎解きが楽しめる。舞台設定がしっくりきて、パッケージが目に浮かびました。
ちょうどその頃は、三上延さんの『ビブリア古書堂の事件手帖』が人気を博していました。中身はもちろん違うんですけど、『タレーラン』にはそれと同じ匂いを感じたんですよね。「読者さんはきっと、こういうものを求めているんだろうな」という第六感が働いて。その後は似た雰囲気の作品が山ほど登場するんですけど、タレーランがその走りになった。
── 時代背景としても、読者が求める雰囲気の作品だったと。
下村 そうです。それで、『このミス』大賞の最終選考では落選だったのですが、編集部の「隠し玉」として出したいとあらためてお伝えしました。岡崎さんは悩んでいましたね。
岡崎 デビューのお話は本当に嬉しかったです。でも、浮かれてはいなくて。新人賞を受賞できるチャンスって作家人生で一度きりなんですよ。だから、他の新人賞にも応募する気持ちを捨てきれず、率直に下村さんに相談しました。
下村 隠し玉って結局、編集部のイチオシっていうだけなので。やはり新人賞を受賞するのとは格が違うんです。
岡崎 江戸川乱歩賞に応募するための違う作品も書いていたので、「応募してみたいんです」とお伝えして。すると、下村さんは「待ちますよ」と言ってくださったんです。もし受賞できなかったら、あらためてデビューの準備をしましょうと。僕としては、そう言ってしまったら、もうデビューの話はなくなるものだと思っていたのに。
下村さんに強い恩義を感じて、一日でも早くプロになった方がいいなと思い直し、「やっぱりお願いします」とお伝えしました。
── なぜ下村さんは待つ判断をしたのでしょう?
下村 クリエイターは、自分が気持ちよい状態じゃないと書けないじゃないですか。経験上、無理なお願いをすれば後々絶対に禍根になると知っていたので。ご本人の気持ちが一番大事だなと思ったんです。
── そして、このデビュー作が大ヒットしたんですよね。
下村 出版から3か月で40万部を記録しました。正直、びっくりでしたね。
岡崎 出版の2、3日後に電話がかかってきて、「なんか無茶苦茶売れてますよ」って。何が起きているのか分からなかった。デビューのお話をもらったのがちょうど1年前のお盆でしたが、1巻の出版もお盆前だったので、寺の手伝いが忙しくて書店に行く暇がなかったんですね。やっと行けたと思ったら、もう在庫がないんですよ。
下村 8月6日に発売して、お盆明けにもう8割くらい売れてしまって。そんなこと、いまだに一度も起こってないですね。
元々、隠し玉としてイレギュラーに出した本で、初刷の部数も控えめでした。「試しに出してみよう」くらいな感じだったのに。
岡崎 いや、おかしいですよね。だって、無名の新人作家の、受賞作でもないデビュー作。なんで売れたか全く分からなかったです。
しかも1巻は、元の作品から1年かけて修正をかけたんです。下村さんや選考委員のアドバイザーの方にアドバイスをいただきながら、原型をとどめないくらいに変えていて。本当に時間もかかったし、最終的にはもうどう直したらいいのかも分からなかった。
下村 二人で、「もう分かんなくなっちゃったね」なんて言ってました。
岡崎 もはや面白いのかどうかも分からないような状態だったのですが、腹を決めて、まだまだ自分は未熟だからこれから時間をかけて成長していけばいいや、と思うことにしたんです。
── でも、売れた。予想もしない世間の反応、どう感じましたか?
岡崎 怖かったです。これから成長していこうなんて、そんな悠長なことは言っていられなくなりました。「どうしよう」ってなって、「続編書きましょう」と。2作目は多くの方が手にとるだろうと思ったので、ものすごくプレッシャーがありました。
この頃の作品は、しばらく自分で読み返せなかったです。自信がなかったので。ようやく読むことができたのは、7巻が出る頃でした。
── 9年後くらいですか。改めて読んでみて、どう感じられたのでしょうか?
岡崎 下手だけど、面白いと思いました。僕はバンドをやっているんですけど、色んなバンドの曲を聞いていると、最初の曲がめちゃくちゃいいことが多いんですよ。「初期衝動」って言葉が好きなんですが、最初の段階から、「これが最後のバッターボックスかもしれない」と思って情熱を傾けているんですね。
1巻は全然洗練されていないけれど、初期衝動が詰まっていて。これでもかとアイデアを詰め込んで、情熱を傾けて書いた。最終的にはよく分からなくなったし、不安も大きかったけど、「この1冊を出して死ぬ」くらいの気持ちで書きました。
下村 情熱がほとばしる作品でしたよね。処女作には作家のすべてが詰まっているものだと思います。この1巻がまさに、「岡崎琢磨」だったんですね。
2章 「タレーラン以外、評価されない」心の中に渦巻いていた悔しさと焦り
── そこから、どうやって作品作りに取り組んだのでしょうか?
岡崎 その当時、僕が本を出していたのは『タレーラン』のみだったんですね。だから、作家として経験値を積むために、とにかく考えうる挑戦をしまくりました。「長編書かせてください」「短編書かせてください」とお願いして、出す順番も意識しました。下村さんは、僕がやりたいことを全部やらせてくれましたね。
下村 全8巻を見渡してみると、タレーランは1冊1冊毛色が違うんですよ。パッケージは一緒なんですけど、こんなに変えていいのかというぐらい変えてますよね。
本来なら、すべて「タレーランに来た客の持ち込んだ謎を解く」というスタイルでも、いいっちゃいいんです。それでも大変なんですけどね。でも、長編だったり、短編だったり、舞台を変えたり、主役じゃない人物に光を当てたり、毎回ものすごく工夫していました。
シリーズものって、人気を維持するのが難しいんです。1巻で売れたとしても、2巻は半分以下の売れ行きになってしまうこともザラ。読者さんは、前作買ったからといって、また買うとは限らない。でも『タレーラン』は先細ることなく、最新巻も高い数字を維持できている。「シリーズのファン」が多数いらっしゃって、ありがたいことに、毎作読者さんが手にとってくださっています。
岡崎 大変でしたが、挑戦を繰り返すうちに、作家としての楽しさも感じられるようになっていきました。
── どんなときに楽しさを感じるのでしょうか?
岡崎 文章を書いているときもそうですが、一番はいいアイデアが浮かんだときです。作品やプロットに「美」を感じる瞬間があって。大体は机の上にはいないタイミングなんですけど。「これは絶対にいい作品になる」とわかる瞬間があるんですよ。5巻とか、まさにそうです。
── 具体的に、どんなシーンですか。
岡崎 アオヤマ君が川に落ちた後に、本来憎むべき男性にある言葉を告げるシーンがあって。あのセリフが出てきたときに、これはもう間違いなくいい作品になったなと思いました。
小説家って、みんなが考えていることの「ちょっと上」をいかないといけないんですよ。あそこでその言葉を言わせられたとき、絶対に読者の想像を超越していると思えました。僕にしか書けないと。作家人生でもトップクラスに気持ちがよかったシーンでした。
でも、その5巻をピークに、まったく書けなくなってしまったんです。
下村 次の6巻を出すまでに、3年空いたんですよね。
岡崎 下村さんには3年待ってもらいました。体調も不安定だったし、メンタルも病んでいました。2018年頃です。
──順風満帆の作家人生のように見えますが、なぜそんなことに?
岡崎 当時は『タレーラン』だけじゃなく、他の出版社さんでも連載や単行本を書かせてもらうようになっていました。それが、全然評価されなくて。
『春待ち雑貨店 ぷらんたん』(新潮社)という連作短編ミステリを出したとき、『タレーラン』ほどではなくても、ある程度評価されるだろうと思っていました。それくらい、僕としては「いい作品だ」と思っていたんです。でも、賞にノミネートされることもなく、全く売れなかった。
その頃、短編を何十本も書きましたが、何一つ話題になりませんでした。自分では結構いいと思うものもあったけれど。すごく軽んじられてる気がして、いや、軽んじられるというのは思い上がりかもしれないけれど、ミステリ業界から相手にされてないなって。
「ミステリ作家の岡崎琢磨」じゃなくて、「タレーラン作家の岡崎琢磨」だから売れていたに過ぎないんだな、と思いました。悔しかったです。
その頃には、わずかに芽生え始めていた自信が蝕まれ、いくつかもらっていた連載を書いていても手応えを感じられなくなっていました。ミステリ長編にチャレンジしようと思って自分でプロットを書いてみるけれど、明らかに面白くないことが自分でも分かるんです。このまま転がり落ちるんだなって思いました。
── 転がり落ちる。
岡崎 『タレーラン』が売れたことは幸せだったけれど、まだまだ自分には目の前にたくさんの階段があると自覚していました。今はまだ、作家として一つ階段を上がっただけだと。ここで歩みを止めたら、元の位置どころか、底の方まであっという間に落ちちゃうんだなって。読者からも支持されなくなって、編集者も去っていくんだと。
岡崎 作家として生きていくと決めた以上、階段を上らないといけないのに、面白い作品はもう書けないし、『タレーラン』は5巻以上のものを出せる気がしないし、作家としては終わりだろうな。ここから会社員にはなれないだろうから、バーでも始めようかな。そんなことを考えていました。
── 追い詰められていたんですね。
岡崎 自分に自信がないから、誰かに認めてもらわないと不安で仕方がなかったんでしょうね。売上でもいいし、評価でもいいし、何かしらの形で認めてもらえれば、頑張った甲斐があるなって思ってたけど、何にもなかった。
そのタイミングで、他社の編集者さんから「一緒にイチから長編ミステリを作っていきましょう」と声をかけてもらって。これまで積み上げてきたものを一旦なしにして、時間をかけて長編に向き合うことになったんです。とにかく言われたこと全部やって、それでやっぱり駄目だなってなったら、もう小説家じゃなくてもいいじゃないかと。
── それで、長編ミステリと向き合うことに。
岡崎 担当編集者さんとは、何十回も打ち合わせをしました。全然厳しいことを言われていないのに、自分の不甲斐なさから打ち合わせ中に涙ぐんでしまうこともあって。でも、今頑張らなければ一生立ち直れないと思い、必死に食らいつきました。
そうして出来上がったのが、『夏を取り戻す』(東京創元社)という作品です。賞の候補にも上がり、立ち直るきっかけとなりました。
── 下村さんはその間、どのような心境で待っていたのでしょうか?
下村 「岡崎さん、頑張れ」と祈るように見守っていました。他社さんとの取り組みの様子を見て、「岡崎さんは、この機会に賭けていらっしゃる」と感じたんです。作家さんには、ステップアップしていく大事なタイミングがあると思うのですが、岡崎さんにとっては、今がその時期なんだって。
── とはいえ、『タレーラン』は宝島社が期待を寄せる人気作品なわけですよね。会社として、『タレーラン』を早く出してほしいという判断にはならなかったのでしょうか?
下村 いや、言われてはいたんですよ、上からは(笑)。「タレーラン出せばいいのに」って。でも、「ちょっとまだ」って、言い続けていました。
岡崎 母ですよね。母性愛。
下村 仕事なので、締め切りを設定して書いてくださいっていうこともできたんでしょうけど。できないものはできないので。クリエイションは、その人の想いがないといいものにならないから。
── 『夏を取り戻す』を出された後の岡崎さんに、変化は感じましたか?
下村 吹っ切れたように感じました。代表作となる長編ミステリを書き切って、すごく変わったんだなって。『タレーラン』5巻と休筆期間を経た6巻を比較すると、文章自体も上手くなりました。テクニックが洗練されて、何よりも、気取らなくなったんです。
── 気取らなくなった?
下村 はい。岡崎さんの文章には、ちょっと気取っているところがあると私は思っていたんですね。それは、みんなあるんですよ。やっぱりカッコつけたいし、作家として馬鹿にされたくないって思うから。でも、それがスーッと抜けて、すごくシンプルに勝負するようになった。
「自分をさらけ出せてる」と思いました。さらけ出したほうが面白いんですよね、作家って。
岡崎 本当にそうで。見せかけのものはいらないんだと気付いてから、明らかに文章が読みやすくなっていると思います。
僕は基本的にカッコつけなんです。そのカッコつけが作品の邪魔をしていたんですよね。それを、『夏を取り戻す』を出版したあとの6巻からは全くやらなくなった。もっと言えば、自分の文章を、俯瞰で見れるようになりました。作品に合わせ、サラッとした文体にしたり、逆にあえて気取った文体にしたりできるようになって。
3章 黒子として、作品と読者の接点を探る
── 下村さんから見て、「作家の岡崎琢磨」さんはどんな方だと思いますか。
下村 真面目で、繊細。私だったら見過ごしちゃうようなことだったり、気に留めていたら生きていけないようなことだったりを、丁寧にすくっている。もはや、しつこいくらいに覚えている。そこが特異なところだなと思っていて。
岡崎 気にしいなんですよ。小さなことをウジウジ気にするタイプ。
下村 ほんとにね(笑)。でも、それがやっぱり作品に生きているのかなって思いますね。普段は意識しないような、人間にある普遍的なものを、岡崎さんは見ている。みんな忘れているようなことも。だから、作品を通して「そうだよね、あるよね」と自覚するんです。読者の共感を呼んでいるのはそこなのかなぁって。
岡崎 人間の複雑な心情を描いているので、正直「分からない」という声もあるんですよ。でもそれ以上に、「分かる」って声もたくさんあって。人間の思惑だったり、割り切れなさだったりをドラマとして描くようにしています。
── 『タレーラン』が扱っているのは、ミステリーの中でも「日常の謎」というジャンルなんですよね。
岡崎 はい。人が死なない、身近に起こる事件を題材に展開しています。単に謎を解決しただけでは小説にはならないので、「日常の謎」と「ドラマ」の掛け合わせを、デビュー作から一貫して大事にしてきました。
ほんわか温かいシリーズだと紹介されることもあるのですが、全然そんなことないと自分では思っています。
下村 『タレーラン』は人を愛する気持ちや嫉妬も含め、人間の心の機微が丁寧に描かれていますよね。8巻もまさしくそうです。人の深い部分にある、普段は気づかないような影の部分が動機になっている。そういった作品としての深みを読者の方が味わってくださっているんだと思いますし、広く受け入れられているポイントなんだろうと。
それに、勧善懲悪になりやすいシーンでも、悪人側を決して否定しないんです。「悪い部分、あくどい部分も含めて人間だよね」みたいな。
岡崎 悪いものは悪いと書いた方が読者にウケると分かっているのですが、それは僕が書くものではないかなと思っていて。
下村 いい意味で、曖昧なんですよ。人間の心の闇のようなものが、良い悪いじゃなくて、ブレンドされている。コーヒーだけに。
岡崎 うまいこと言った(笑)。
── 『タレーラン』のようなヒット作が出ると、編集者として社内や業界で評価が上がったりするものですか?
下村 ないです、ないです。これはもう、作品の力なので。
岡崎 すごい人なんですよ、とんでもない人なんですよ、下村さんは。ヒット作をたくさん出しているのに、本当に編集者の色を出さないですもんね。
下村 黒子でいいんです。
岡崎 どうしても名物編集者のような個性的な人の方に注目が集まるので、すごい人なのにって、なんだか悔しいような気持ちで(笑)。
下村 永遠に新人みたいなスタンスです。
岡崎 本当にそう。
── どうしてそういったスタンスなのでしょうか?
下村 少し恥ずかしいことを言いますが……私は心から作家をリスペクトしています。0を1にするって、本当に大変なことだと思うんです。案をポンポン出せる編集者さんには憧れもあって、私もそういうふうにできたらいいなって思うんですけど。私の場合、作家さんがひらめいたものには到底たどり着かないんですよ。だけど、市場や読者を研究して、なんとなく流行っているな、とか、こういうものが今売れそうだな、というのはきっと言えるなって。
編集者さんの中には、「てにをは」まで一字一句丁寧な赤字を入れる方もいるし、自分で広告塔になるタイプの方もいる。それぞれの個性があっていいと思っているのですが、私は読者さんとの接点を作家さんと探りたいタイプ。だから、細かく原稿に意見を言うよりは、作品のコアの部分や、パッケージをどうするのかという部分を常に考えている感じです。
──最新刊は、どのようなことを意識されたのでしょうか。
岡崎 10周年の記念の意味も込めて、過去の作品の文体にあえて寄せたり、昔のキャラクターを再登場させたりして、より楽しんでいただけるように工夫を凝らしました。これまでの集大成としての作品をお届けできたように思います。
── 反響はどうでしたか?
岡崎 「10年間ずっと読んでいます」など、読者さんから多数のメッセージをいただきました。10年というと、中学生のときに読み始めた方が、もう社会人に成長しているくらいの時の長さ。こうやってずっと応援していただけているのは嬉しいことですよね。
下村 ね、本当に嬉しい。
岡崎 錚々たる作家の先輩方からお祝いメッセージもいただいて。
下村 私から作家さんたちにメッセージをご依頼したんですけど、「ぜひ」というお返事ばかりいただきました。作家さんって嘘をつかない方々なので、本当にいいと思った作品じゃないとOKしないんですよね。
下村 10年間の歩みを通して、作家の先輩や仲間たちが岡崎さんの作品を認めていることが分かって、思わずウルっときてしまいました(笑)。
── 『タレーラン』7巻と8巻は間を開けずにすぐ発売されましたよね。もしかして9巻もすぐに出されたり……?
下村 出したい(笑)。
岡崎 (笑)。10周年で2冊出したので、またちょっと空く予定です。いま宝島社さんと他の本を出したいよねっていう話をしているんですよね。いい短編があるので。
下村 そうなんです。また違った岡崎さんを見せられるように準備しています。
── デビューのきっかけを作った宝島社さんから新しい作品が出るのは楽しみです。
4章 「名誉欲」を捨てた先に、作家として追い求めるもの
岡崎 最近は、「無理しない生活」を意識していて。自分の身体やメンタルが弱いことをもう受け入れて、そんなもんと思って生きるようにしています。
── どんなふうに過ごしているんですか?
岡崎 基本的には夜ご飯前までしか仕事をしなくなりました。最近は仕事が楽しいけれど、楽しいからといって10時間やるとかじゃないんです。1日数時間仕事をして、夜飲み行って。それくらいのペースが楽しいと感じられるし、遊んでると逆に書きたいってなるんですよ。最近全然書いてなかったな、なんか書きたいなって。
医者から「考えすぎている」って言われたんですよね。考えることによって体調が悪くなっていると。だから今は、あえて考えない時間も作っています。最近はテニスを始めました。
下村 テニス!健康的でいいですね。
岡崎 それに、長く続けていくためには、健康はもちろん大事だけれど、仕事に飽きない努力も必要だなと思うんです。
── 飽きない努力。
岡崎 仕事を頑張り続けていると、ふと、飽きが来るものだと思うんですよ。それでも作り続けるためには、飽きない工夫も大事なんですよね。だから、仕事から物理的に離れる時間を持つ。仕事ばかりで毎日を溢れさせない。無理しない。結局、無理しても誰も得しないので。
僕の場合は、小説を書くことに飽きることはあったけれど、嫌いになったことはないんです。飽きるというのは、やり方の問題なんですよね。それに気付いてからは一作一作の仕事が楽しくなったなと感じます。
── 先ほど「吹っ切れた」という言葉もありましたが、これから岡崎さんはどのような思いで作品と向き合っていくのでしょうか?
岡崎 今は「名誉欲」のようなものが一切なくなったので、自分が「書きたい」と思うものを書き続けたいなと思っています。世間の評価に合わせて書くこともできるんですけど、やりたくないんですよね。それで評価されたものになんの意味があるんだろうと思ってしまって。
岡崎 作家としての自信が芽生えたからこその欲求だと思います。こう思えるようになるまで、10年かかりました。10年かけて、自信になるための基礎が築かれたんだと思います。
下村 どんなときも、書き続けていらっしゃった。それが、岡崎さんのすごさですよ。
岡崎 後ろを振り向けば、これまで書いてきた作品たちがいますしね。昔の作品を読んでみると、「なんだ、ちゃんと面白いじゃん」って今は思えるんですよ。「早くこの面白さに気付いてくれ」なんて思っています。
クリエイターとして生きていく限り、安泰なんてないので、飢餓感は消えないと思うんですね。もっと、もっと、って思い続けるものだと思います。だけど、やっぱり自分が納得のいく作品を書くということを、何よりも大事にしたいです。これからの10年は、他人の評価に委ねずに、自分の心に従って歩んでいきます。
左:岡崎 琢磨(おかざき・たくま)さん
1986年、福岡県生まれ。京都大学法学部卒業。実家の寺で手伝いをしながら23歳で小説を書き始め、複数の新人賞に応募。第10回『このミステリーがすごい!』大賞にて編集部推薦の隠し玉として、『珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』(宝島社文庫)でデビュー。 2022年、作家デビューから10周年を迎えた。
右:下村 綾子(しもむら・あやこ)さん
「創作に関わる仕事に就きたい」という思いから、法政大学文学部日本文学科卒業後、株式会社宝島社に入社。3年間のアルバイトを経て、採用試験で正社員として採用。新人賞『このミステリーがすごい!』大賞シリーズなどの編集を担当。
執筆 早坂みさと
編集 佐藤友美
撮影 深山徳幸