
なぜその学生を笑うのか【さとゆみの今日もコレカラ/第 250 回】
「どうして、あの人たちは、学生を笑うんでしょうか」
私が 30 代の頃のことだ。美容業界のお偉いさんが集まる飲み会で、「最近の学生は根性が足りない」とか「美容師の仕事を舐めてるよな」とか、そんな話が始まったことがある。ちょうど新卒採用の時期だったと思う。「偉そうな理想を語る学生ほど、すぐにやめていくんだよな」と誰かが言って、ドッとみんなが笑った。
帰り道、その場にいた一番若い美容師さんと一緒になったのだけれど、その彼がぼそりと言ったのが冒頭の言葉だ。
「どうして、あの人たちは、学生を笑うんでしょうか」
そういえば、彼は会話に参加せず、ずっと不満げにお酒を飲んでいたなと思い出す。
彼は続ける。
「美容業界に入る前の学生たちが、『美容師になったら、きっとこんなことができるはず』と描いていた理想の美容師像こそが、僕たちが目指すべき美容師像じゃないんですか」
彼の美容院では、新人が現場に配属になったあと、「思ってたのと違った」と感じる部分をあげてもらい、それを改善リストにしているという。
働き手として感じる違和感だけではない。客として美容院に通っていた頃、
「こうすればいいのに」と感じたことも話してもらうのだとか。
「新人は、『お客さまだったときの自分』をまだちゃんと覚えている。その時の違和感って、僕たちにはもう感じられなくなっている違和感なので、貴重なんですよ」と、彼は言う。
こんなリーダーに育てられる後輩たちは幸せだな、と感じた。その美容院は、その後、どんどん大きくなっていった。大抜擢された若手たちが、次々活躍し、そのうち創業者である彼を追い越す実績をあげるものも増えたけれど、彼はそれをいつも嬉しそうに見ていた。
今、40 代になり、十分なくらい「圧」を備え、業界に染まりきってしまっている私は、彼のようであれているか。学生たちを笑い飛ばしたほうの大人になっていないか。この業界、そんなもんだよと諦めていないか。そんな業界を作ってきたのは私たちなのに。
いや、職業人としての自分だけではなく、人間としても。若い人たちのほうが、これから圧倒的に日本に地球にコミットメントしていく人たちだ。「仕方ない、こんなもんだよ。慣れろよ」と言う前に、できることはないだろうか。
と、東京都知事選の日の朝に。そして七夕の朝に思う。
「投票してもしなくてもどうせ変わらない」の積み重ねが、どうせ変わらない世の中を作る。少なくとも、先輩世代は、後輩世代が短冊に書く願いが少しでもかないが生きるためにベターだと思う人を選ぶ。その意思表示をすることだけでも放棄しちゃいけないなって思うの。
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印象的だったのは、子どもたちが安心して自由に自分の考えを発言していること。
そこには正解も間違いもない。それは、ケヴィン校長が「どんな意見も尊い」と教えているからだと感じた。


