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うお座O型、命を救う【さとゆみの今日もコレカラ/第 258 回】

タクシーに乗っていたら、「お客さん、さっき話していた『魚座のO型は今月運勢がいい』って話、本当ですか?」と、運転手さんに聞かれた。

突然話しかけられたのでびっくりしたけれど、「あ、えっと、そうですね。そうみたいですよ」と答える。

社会人一年目のことだ。

当時テレビの制作会社で働いていた私は、ディレクターに急ぎの映像素材を届けるため、徒歩 15 分の距離をタクシーに乗っていた。その車内で仕事先から電話がかかってきて、その人とはかつて同じ魚座のO型だなんて盛り上がったことがあったものだから、「私たち、今月はめちゃくちゃ運勢いいらしいですから、頑張っていきましょう」などと話をして電話を切ったのだ。それを、タクシーの運転手さんが聞いていたらしい。

「運転手さんも、魚座のO型ですか?」と聞くと、そうだと言う。「一緒ですね。では、良い一日を」とお金を払ってタクシーを降りようとしたら、彼は「お代はいらないので、ちょっとだけ話を聞いてもらえますでしょうか?」と言ってきた。

へっ?

驚いていたら、彼は、私の返事も待たずに話し始めた。「実は僕、次に乗せるお客さんを最後に、つまりあなたのことなのですが、それを最後にどこか海にでも飛び込んで死のうと思っていたんです」と言う。

へっ?

聞けば、友人の連帯保証人になってしまったとかで、2000 万円の借金ができたのだそうだ。返せるあてなどない。厳しい督促から逃れるには死ぬしか    ないと思った。それで、今日、仕事を終えたら自殺しようと思っていたと言う。そんな時に、魚座のO型は今月運勢が良いという話を聞いた。その話は本当か?  本当に運が良いなら借金は返せると思うか?  と、立て続けに聞かれる。

今世紀最大の、知らんがな案件である。

知らんがな、であるけれども、このままこの人を放っておくわけにはいかない。

私は、「あー、そうですね。なんだか、12 年に一度のラッキーイヤーらしいし、その中でも今月は特別運気がいいらしいですよ」と答える。

2000 万の借金についてはどう思うかと聞かれたので、「うーん、子ども1人分の教育費くらいですよね。運転手さん、子どもは?」と聞くと、いないと言う。「じゃあ、子どもができたと思ってそのぶん稼ぐのはどうですかね」と言ってみた。子どもってそんなにお金かかるんだ、と、運転手さんはブツブツ言っている。

「あと、これはコナン君が言ってましたけど、車で自殺って結構難しくて、死にきれずに一生半身不随になったりすることも多いみたいですよ」とも付け加えてみた。

カバンの中ではケータイがなっている。ディレクターだ。私は急ぎの映像素材を届けるためにタクシーに乗っていたのである。車はすでに目的地のビルに着いている。「あのう、すみません、上司が待っていまして」と言いながら車からおろして欲しい雰囲気を醸し出したが、運転手さんは「お急ぎのところをすみません」と言いつつ、身の上話をやめない。

これはもう、きっぱり思いとどまらせる以外、この車をおりられる道はなさそうだ。仕方ない。イチかバチか。奥の手である。

「運転手さん、私、実は特殊能力があるんです。ちょっとお顔をみせてもらえますか?」と言った。

それまでバックミラー越しに会話していた運転手さんが、後部座席の方に向き直る。私は、もっともらしくその顔をじっくりと見つめた。長い時間をかけてねっとりと顔を見たあとに、大きくゆっくりと芝居がかったまばたきをした。そして、にっこり笑って言った。「運転手さん、大丈夫ですよ。いろいろうまくいってる未来が見えます。私、代々沖縄のほうの霊媒師の家系で、わりと人の未来が見えるんですよね」と伝える(嘘だ。うちは北海道の屯田兵4代目である)。

頭の中には、学生時代に読んだつかこうへいさんの本の一節を召喚していた。「役者の卵には、公園で占い師をさせるんだ。人の顔色を見て、言ってほしいことを言えるようになって、占い師で稼げるようになったら一人前」という話があった。そこに書かれていたテクニックを思い出す。

カバンの中では、また、ケータイが鳴っている。もう絶対にこてんぱに怒られる。この素材が届かないと、編集室の作業は進まないはずだ。だけど、私は意を決してケータイの電源を切った。

そして、「運転手さん、あと1ヶ月生きてみたらどうでしょうか。それでダメだったら、もう一回考えましょう。でもね、多分大丈夫だと思います。少なくとも、 1年後のあなたは生きていて、楽しそうな姿が見えます」と伝える。ゆっくりと。なるべく威厳を持った声で。いつもとは違う場所から低めの落ち着いた声を出す。

日焼けした運転手さんの目にみるみるうちに涙が溜まっていった。そして、ありがとうございます、ありがとうございますと、私の手を握った。そしてやっと、後部座席のドアを開けてくれた。

「魚座O型、お互い、頑張っていきましょーね!」と、なるべく明るい声で言って、私たちはガッツポーツをして別れた。

✳︎

エレベーターのボタンを連打しながらケータイの電源を入れると、不在着信がずらっと並んでいる。案の定、編集室の扉を開けた瞬間「お前、何やってたんだよ!!」と、ディレクターに怒鳴られた。「死にかけているタクシーの運転手の命を救っていました」と答えたら「冗談いってるんじゃねーよ!」と、さらに叱られた。冗談じゃなかったが、たしかに冗談ぽい話だなと思う。

ほんとうなんです。うお座O型のおじさんの命を助けてきました。でも、あれでほんとうによかったのかなあ。

✳︎

それからしばらくは、会社に行くたび新聞を見て、タクシーの事故がないかを確認した。オレンジ色のチェッカータクシーに乗るたび「御社の運転手さんで、最近事故を起こして死んだり、自殺した人はいないですか?」と聞いた。計 10 回以上聞いたけれど、それらしき事故も自殺もなかった。1年経ったとき、そのルーティンをやめた。

今でも、星座占いや血液型占いの話を聞くたび、その運転手さんのことを思い出す。

街で会ってもわからないだろうけれど、私はまだ覚えているよ。そして、自分自身に何かいやなことがあったときも「うお座O型、頑張っていこーね」とガッツポーズしたあのときのことを思い出すよ。

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【この記事をおすすめ】

星読みを生業としている著者が教えてくれる、月の満ち欠けに関する運気の上げ方や読書術などの情報も満載である。

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