
その火を絶やさない【さとゆみの今日もコレカラ/第510回】
その本屋は鹿児島県指宿にあった。
店に入ってまず圧倒されるのは、天井まで続く本棚だ。「あの上のほうの本はどうやってとるんですか?」と、店主の米永さんに聞くと、「一番上の棚の本は、二度と取り出せないでしょうね」と言う。

祖父の代から続く町の本屋を、昨年移転した。そのときの店にあった昭和40年代の全集を残したくて、こんな内装になったのだという。
「りんごかもしれない」や「ぐりとぐら」のところまでは、梯子が届くので買えますよと、米永さんは言う。

もともと倉庫として使う予定だったこの場所。
広々とした店内に、しかしベストセラー書籍の存在感はあまりない。かわりに、思わず手にとりたくなるような、魅力的なタイトル、魅力的な装丁の本が、気持ちよさそうに並んでいる。今まで一度も見たことがない本も多い。
近くにツタヤさんがあるそうで、そのラインナップとかぶらないオリジナルの品揃えを意識しているのだという。
おしゃれなポップはすべて、アルバイトのスタッフさんが1つ1つ手作りしているそうだ。「中身を全部読んでから書いてくれるので」というそのポップは、読むだけでもわくわくとした気持ちになる。

いいなあ、素敵なお店。こんな本屋が家の近くにあったら、幸せだなあ。
思わず口に出てしまったのだけれど、その声に反応した米永さんが「本当は店じまいするつもりだったんですけれどね」とおっしゃる。
✳︎
本屋の3代目として生まれた。
修行のために、22歳からの数年は東京中野の書店で働き、戻って実家の本屋を切り盛りした。
しかし、人口が減るに連れ、本屋の経営は厳しくなっていく。
「外商でなんとか食べていってたんですけれどね、春の書き入れ時以外は、人を雇うのも大変で」と、米永さんは言う。
店の奥のほうには段ボールがたくさん積まれている。ああ、そうか。教科書ですね、と聞くと、そうです、そうですと米永さんは答える。
町の本屋の経営を支えているのは、学校で仕入れる教科書や、役所で使う文房具などの収入だと聞いたことがある。
「4月の新学期に向けて、今が一番忙しい時期ですね」と、米永さん。
だが、その春の一斉購入の時期が過ぎると、本屋は厳しい。1500円の本が1冊売れて、実入りは300円程度。人件費を考える。減少する人口を考える。前の店の場所を出なくてはいけなくなったとき、一度は、このまま店を閉めようと思ったそうだ。
ただ、その米永さんを本に繋ぎ止めた人たちがいた。
それが、東京や大阪で出会った、独立系書店の店主の人たちだったという。
米永さんが東京や大阪まで行き事情を話すと、彼らはいろんなアドバイスをしてくれたという。その時に撮影した書店の写真を、米永さんは綺麗にファイリングしていた。
今の店づくりの参考にした、先人たちの店の写真を見せてくれる。

親身になって話を聞いていくれた彼らがいたから、今の自分があると米永さんは言う。
やっぱり、本屋を続けたい。
東京から戻ってきた米永さんは、倉庫にする予定だったこの場所を使うことにした。

レジまわりを、図書館のカウンターのようにしたのは、米永さんの考えだった。レジに貼り付く人を雇うのが難しいのならば、ここをオフィスにしてしまおうと考えた。
今までバックヤードにいた人たちがここで働けば、常に店番がいなくてはならない状況が変わる。
本屋を続けて欲しいと願った町の人たちも、いろんなアイデアを出してくれたという。
店の奥にはコワーキングスペースがあり、そのエリアには、雑貨やご当地の食べ物などが並んでいた。ひと月2000円で貸している棚だそう。
この棚を借りている人たちは、月に1度、店でワークショップイベントをできる権利を持つのだという。

人が集まる場所になれば、帰りに本を買って行ってくれる人も出る。本屋の灯火は、こうしていま、継がれているのだと知る。
かつて。
本屋の聖地と言われた鳥取の本屋、定有堂の店主・奈良敏行さんは「本屋は焚き火である」と言った。
誰かが火をくべる。焚き火を始める。でも、それだけではいつか、火は消える。本を買う人たちは、その焚き火に1本、1本、薪をくべていく人たちだ。誰かが本を書い、本を読み、本について語ることで、その火は守られていく。
米永さんの話を聴きながら、そんな情熱の火のことを、思っていた。
店の目立つ場所に、私のZINEを置いてくださっていた。それだけではなく、『ママはキミと一緒にオトナになる』や、髪の本なども。
自分が書いた文章は、こういう店がなければ、誰かの手に届かない。こんな時代に、本を買える場所を守ってくださる人に、心からのお礼を伝えたい。

こんな素敵な、こんな想いのつまった本屋に、置いてもらえる君たちの幸せよ。きっと、誰かの家にもらわれていくんだよ。
この店の火に貢献できるように、ちゃんと買われて、読まれるんだよ。
そう願いながら、店を出た。
近く、再訪させていただきます。

「今日もコレカラ」は、毎朝7時に更新して、24時間で消える文章です。今日もコレカラ、良い一日を。
・・・・・・・・・
【この記事もおすすめ】
あの本屋がなくなってしまうのか。私がもっとあそこで本を買っていたら、閉店をまぬがれたのだろうか。


