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保安検査と母の発議【さとゆみの今日もコレカラ/第519回】

2週間前からOura ringをつけている。指輪をつけているだけで、睡眠時間や体温、ストレスの有無などが測れるものだ。一度充電すると1週間くらい持つので、ずっとつけっぱなし。お風呂も問題ないので、いろいろ楽ちんである。

データを見ていると面白い。自分のレム睡眠とノンレム睡眠の内訳がわかったり、心拍を計測して「ストレスかかってるから少し休んでください」といったアラートもくる。

過去のデータを見比べていたら、2週間前の金曜日の朝にピコッとストレス値が高くなった瞬間があった。何があったっけ? と思うと、そういえば空港で保安検査場を抜けたタイミングだった。

ああ、あの瞬間、私はまだ緊張するのかと思うと、ちょっと自分が可愛らしく思える。自分は図太いと思うし、人前で緊張したりもしない。でも、フライト前、保安検査の機械を通るとき、ピーっというあの音が鳴ったらどうしようと一瞬緊張するのだ。

学生時代、胸からお尻まで覆うコルセットをつけていた。どんどん曲がっていく背骨の病気の進行を止めるためだ。お風呂に入る時以外はずっと装着していてくださいと言われていたので、学校でも装着していた。

コルセットをしていると、かがむことができない。靴の紐がほどけたら自分で結べない。消しゴムを落としたら拾うのに時間がかかる。だから学校にいる間は極力席から立たないようにしていた。

金具だらけのコルセットである。すべての動作がかたくなる。ガンダムってこんな感じだろうかとよく考えていた。

学校でも不便だったけれど、一番嫌だったのはフライトだった。空港の保安検査では必ず、ビーーーーっと大きな音が鳴る。チェックのために、体を触られる。ゴツゴツとした器具を身にまとっているわけだから、いつも変な顔をされた。「コルセットです」と言うと、「ああ」という顔をされて「ごめんなさいね」と言われて通してもらえることがほとんどだった。

コルセットを外して30年経つけれど、今でも、あの検査のときは緊張しているのだなとわかって、自分が可愛い。

このコルセットの件で覚えているのが、母のことだ。

母はあまり人前にでばるような人ではないのだけれど、私がこの病気になったとき、PTAだか保護者会だかの席で「子供たちの体の負担を考えて、リュックの使用を認めてもらえませんか?」と発議した。

当時私たちが使っていた学校指定のバッグは非常に立派な革でできていて、何も入れずにそれだけで2キロの重さがあった。肩掛けバッグだったから、片方の肩に教科書やら何やらの重さが全部かかる。私の骨が曲がったことも、それと無関係ではないと医者に言われた。

伝統の学校バッグを変更してほしいと訴え出ることは、勇気のいることだったと思う。結局その訴えは認められたのだけれど、今考えたら、どこかに既得権益もあっただろうから、恨まれることもあっただろう。

母は、私の病気が進行する前に気づかなかったことを、おそらく後悔していたのだと思う。医者に「こんなにひどくなる前にきてくれれば、コルセットをしなくて済んだのに」と言われ、私は泣いたけれど、母も多分自分を責めて泣いたと思う。

あのときは、この先かなりシビアな困難があるだろうと医者に言われた。私もショックだったけれど、当時の母は私以上にショックだったのではないか。自分も子供を持って、そう思うようになった。

先日、母と一緒に旅行をするため、空港の保安検査場を通り抜けた。今の私はコルセットから解放されているから音はしない。

あの頃、一度は絶望した母と私に教えてあげたい。

50代に近づいても、まあまあ元気でやってるよ。無理だと言われた子どもも授かった。あのときお医者さんに言われたような、大変な人生ではないよ。まあまあ元気に働けているし、一緒に海外旅行にも行けるくらいだよ。

「イタリア、一度はきたかったのよねえ」という母と、一緒にゴンドラに乗ったりして、嬉しい私でした。

「今日もコレカラ」は、毎朝7時に更新して、24時間で消える文章です。今日もコレカラ、良い一日を。

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私の日曜は、母とのビデオ通話からはじまる。

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