
自分だけがわかっていない【さとゆみの今日もコレカラ/第540回】
幼稚園や小学生のころ。ひらがなや漢字を習う時に、点線が入った4マスの方眼ノートで字を書く練習をしたのを覚えているだろうか?
あれを、4マスではなく9マスの点線で教える人がいる。
『みるみるうまくなる 9マス美文字練習帳』の著者、根岸和美さん。私はマミーと呼んでいる。
マミーとは、著者になるためのゼミで出会った。書家として文部科学大臣賞を受賞するなどの経歴もすごいのだが、仲間内で「歩く家庭画報」と呼ばれるくらい品の良い方である。
一方で、こども園の理事長もつとめていて、毎年節分の日の特殊メイクばりの気合いの入った鬼っぷりは地元の名物にもなっている。上品で豪快でチャーミングな方だ。
マミーが2年前に作ったこの練習帳はもう、9刷。なんと、2年連続で文部科学省認定教科書となって学校に配本されたりもしている。売れ売れの本だ。
ところが、私がマミーと初めて出会った2018年のゼミでプレゼンした彼女の書籍企画は結実しなかった。「書家としての肩書きはピカピカだし、生徒さんの字がみるみる上手くなるのはすごいけれど、本にするのは難しいねえ」となった記憶がある。
でも、その数年後、再受講した著者ゼミでプレゼンしたときは、参加した編集者の人たちほぼ全員が彼女のメソッドを本にしたいと手を挙げたのだという。
何が変わったのか。
マミーの美文字指導法が、「9マスで書くことに特徴がある」とわかったからだ。
マミーの書道教室は、一切の宣伝をしていないのに、いつも行列ができている。子ども向けの教室だけではない。こども園の先生方も、マミーに習うとどんどん文字が上手くなる。その教え方が、4マスの方眼ノートではなく、9マスのノートを使う方法だった。
そして、マミーはそのことを、再受講したゼミで初めて編集者に話したのだ。それくらい彼女にとって9マスで文字を書くことは「普通」のことだった。それが大発明であることに、彼女が気づいていなかった。
かくて「9マス美文字練習帳」が生まれ、9刷まで部数を重ね、学校の教科書になる。
こういうのって本当に面白い。
常識破りのすごいメソッドって、本人は気づいていないことがよくある。
マミーのメソッドだって、「え? 9マス? どういうこと?」と食いついた編集者さんの一言がなければ、こんな形で世に出なかったかもしれない。

『みるみるうまくなる 9マス美文字練習帳』
昨夜、マミーのお膝元、秩父に行ったので連絡をしてみたら「あら! ちょうどお稽古が終わる時間だから、一杯いかが? 秩父のディープなお店を紹介したいの!」と言われ、駅まで迎えにきてくれた。
花柄のワンピース、ブルーのカーディガン。やはり家庭画報から抜け出してきたようなマミーと一緒に、チレと呼ばれる脾臓やら、おねぎたっぷりのレバーやらをいただきながら、聞いた話である。
地元のやきとん屋さんのカウンターで、次々と焼き鳥を胃に収める美しきマミーの横顔を見ながら、「そう、本人は気づいていないんだよなあ」なんて思っていた。
自分が持っている宝に、本人だけが気づかないこと。
マミーだけじゃなくて、よくあるよね。
そして、それが掘り起こされる奇跡のような瞬間も、あるよね。
【この記事もおすすめ】
「あ、終わった」。
その瞬間、ヒヨコのライター生命は尽きた(と思った)。


