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チャンスのドアにはノブがない【さとゆみの今日もコレカラ/第555回】

先日、「本当にびっくりするようなことは、本やwebやSNSでは書かれていないことがよーくわかる旅だった」と書いたら、友人から、「表では書けない話に興味津々」とメッセージがきた。

今度話すね、といいながら、でもひとことで言うと「世の中は、こんな風にできているんだって思った。知らないことだらけだった」と伝えたら彼女は「なんかさ、世界って狭いよねって言うけど、絶対交わらないパラレルワールドがたくさんあってその中で生きてるからなんだよね。だから、どのワールドにいるかは大事だったりする」と返事をくれた。

ああ、なるほど! そう、私がアメリカでの出会いで感じたのはまさに、「住む世界が違う!」ということだった。まったくネガティブな意味ではなく。

で、それだけだったら「世界が違うよねえ」で終わる話なんだけれど、彼女の話はそこからが面白かった。

「だから、どのワールドにいるかは大事だなんだけれど、たまにワールドが接続することがあるからその時はすかさず飛び込む」と言うのだ。

なるほど。パラレルワールドくらい違う世界に住んでいても、何かの拍子に接触する瞬間があるのか。

「その話、面白い」と返すと「ワールドの亀裂は見逃してはならん。目はサラ」と返事がきた。

サラ? ああ、目を皿にして見逃すなということか。なるほどが2乗である。彼女は続ける。

「でさ、そっちのワールドに行くと、なーんだってなるんだよ。あっちでジタバタしてたあれ、なんかそーゆことか、ってなる。自分がなーんも変わんなくてもワールド変わると解決したりする」

あああああ! たしかに!!!

「先のことはわからんけど、過去を見ると見逃したワールドの亀裂はあったなって思うよね。だから目はサラ」

「目はサラ」、2回、言ったな。

うん、でもほんとだ。

一瞬の、世界が交錯して小さな亀裂が生まれる瞬間に、隣の世界にえいっと飛び込む。その世界から見たら「うわあ、こんなにわかりやすいことに悩んでいたのか」と瞠目したりする。ただし、そのチャンスはほんの小さな亀裂程度のだ。だから、目はサラ。

漫画『ちはやふる』の中に、国語の教師のこんな言葉がある。

「たいていのチャンスのドアには、ノブがない。自分からは開けられない。だれかが開けてくれたときに迷わず飛び込んでいけるかどうか」

これもやはり、ワールドの亀裂の話だったか!

★今日もコレからは毎朝7時に更新して24時間で消えるショートエッセイです。今日もコレカラ良い一日を!

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不可能だと思っていたことを実際に目の前でやられると「もしかして私にだってできるのでは」と思うのです。

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