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「才能がある」幻想【今日もコレカラ/第695回】

先日、ふろむださんがX(Twitter)でこんなポストをされていた。

今まで、いろんな分野で「才能がある」と言われたけど、
言われたのは、常に、その分野で実績が出来た後。
実績ができるまで才能があるかどうか分からないなら、才能があるかどうかなんて気にするだけ無駄。
とにかく実績を作るしかない。
実績ができたら、人々は、あなたには才能があると言い出すよ
https://x.com/fromdusktildawn/status/1970691043856392296?s=46
あああ、まさに、と思う。

たとえば、プロ野球のドラフト1位の選手と6位の選手でいうと、その時点での「才能」は1位の人が買われていただろう。
スポーツだけじゃなく、就職試験でも、全員が「この子を欲しい」といったエースがいるだろう。
実際働き始めても、営業成績がトップだった人とビリだった人がいると思う。

だけど、実際には6位の人が活躍したり、トップ採用した人があっさり辞めたり、ビリだった人がめきめき頭角をあらわしたりすることがある。
出版業界でも「君は編集者になれない」と言われた方や、採用試験全滅してバイトから潜り込んだ人が、ヒット本を連発しているなんて話をよく聞く。
美容師さんに至っては、過去に取材させてもらったカリスマと言われる人たちのかなり多くが「同期で一番不器用で、真っ先に脱落すると思われていた」と話してくれた。

18歳で才能を開花させる人もいれば、30歳で咲く人もいれば、50歳で蕾ふくらむ人もいる(と、信じたい)。

自分を振り返っても、「才能があるね」と言われた経験がない。

先日、師匠である上阪徹さんに「ブックライター塾に通っていたときのさとゆみさんは、同期の中でとくに目立っていなかったし、原稿も別にうまくなかった」と言われて嬉しかった話は書いたけれど(めちゃくちゃ褒められたと思っている)
そういえば、先日、私の育ての親である(と、先方は思っていない)是枝裕和さんに久しぶりにお会いして、「安藤(さとゆみの旧姓です)は、自分が才能がないとわかるくらいに頭がいいのが辛いよね」と言われたことも思い出した。

上は36歳、下は24歳の話だ。そういえば、『女の運命は髪で変わる』の出版企画プレゼンも、散々だった。
そして、書いてて気づいたけれど、この歳になってもなお「才能があるね」と言われたこと、ないな。

才能があるかないかなんて、たしかに、あとからみんなが言うことなんだよね。
あと、才能があるねって言われたことが一度もなくても、別に不自由なく生き残っていけるよね。

凹まず腐らず、いろいろ工夫したり改善したりしながら、ハングリーに、健やかに(これ重要)、やり続けられるかが、大事なのかもしれない。

※「今日もコレカラ」は朝7時に更新です。バックナンバーが読めるようになりました。

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