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しごとってなあに【今日もコレカラ/第720回】

昨日、京都の街中で、東京から遊びに来ていた編集者さんとばったりあった。彼女とは20代の頃からの付き合いで、私が増田ゆみ名義でファッション誌の仕事をしていた頃にとてもお世話になった。

このあと移動まで時間があるけれど、ちょっとだけ仕事もしたいというので、ランチに誘い、そのあとは私の事務所(兼自宅)に寄ってもらい、お互いに仕事を始めた。

パソコンの上で指を動かしながら「ねえ、ゆみさん、仕事って何だと思う?」と彼女が聞いてくる。
仕事? と尋ね返すと、うん、仕事。ゆみさんにとって仕事ってなに? ともう一度聞かれる。

私にとって仕事とは何かというと、やりたいことをするためのお金を稼ぐこと、かなと思う。
「じゃあ、やりたいことが全部できるくらい稼げたらもう働かない?」と聞かれて、「やりたいことの中に仕事も入ってる」と答える。

だけど、よくよく考えたら、この定義だと、同じことをやっていてもそれが仕事だったり仕事じゃなかったりするなと気づく。

たとえば今日はさとゆみゼミの課題添削をしているから「仕事をしていた」と言えるけれど、一昨日は朝からずっとCORECOLORの原稿を読んでコメントをつけて戻していた。
やっていることは「原稿を読んでフィードバックする」だから、全くおなじなのに、前者はお金をもらい後者はお金を払ってやっている。お金を稼ぐことを仕事と定義したら、前者は仕事で後者は趣味だ。でも、やっていることは同じ。

もっというと、昨日はひねもす本を読んでいた。朝から晩までずっと本を読んでいて、だから仕事をしていなかったとも言えるけれど、私は書評でお金をもらっているから、昨日読んだ本について書くことになったら、昨日の行為は仕事になる。
いますぐ書評を書かなかったとして、いつかその本の一節をエッセイに書いたとしたら、「ああ、3年前の読書は、仕事になったなあ」となるのだろうか。

混乱してきた。

編集者さんと話をしながら、ひとつ気づいたことがある。

私、学生時代に「仕事とプライベートに線引きができないような仕事をしたい」と思っていた。就職活動でも面接官にずっとそう話していた。
おそらく人生で一番たくさんの時間を費やすのは仕事だろう。だとしたら、それが仕事時間だけで完結するのは勿体無い。仕事が一石二鳥、一石三鳥、
四鳥になるくらいじゃないと勿体無い。
プライベートの経験が仕事に滲み出し、仕事ではプライベートで興味のあることをする。
マーブルに混ざった24時間全部自分の時間になるような人生を生きたいと思ったのだ。

わりと、叶ってるじゃん。
と、思った。

こんな話を編集者さんとしながらパソコンを叩き紅茶を飲む午後も、仕事のようで仕事じゃないようで、ただただ、私の人生だ。

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