
「わかりやすい」と「親切」は違う【今日もコレカラ/第815回】
昨日の続き(バックナンバーは文末に)。古賀さんの話です。
ポッドキャストの中で古賀さんが、わかりやすい文章と、親切な文章は違うと話していらした。
たとえば書籍のブックライティングでいうと、
難しいことをただわかりやすく書こうとすると、抜け落ちるものがある。
そうじゃなくて、難しいことを親切に書く。階段を一段ずつ作るように、この段差なら誰でも上れるというに、親切の階段を作るのが大事だ、といった内容だった。
これは、なるほどと思った。ポッドキャストを聴いているときに思わず声が出たくらい。
『書く仕事がしたい』にも書いたけれど、私は、「わかりやすい文章を書く」ことをとても大事にしている。でも親切な文章という考え方はなかった。
なのだけれど、実際に私が「わかりやすい文章」と言っているものは、親切の結果だとも思った。
古賀さんの場合
「わかりやすい、ではなく、親切が良い」
なのだけれど、私は
「わかりやすい、を実現するための手段が親切」
つまり、
「親切に書くとわかりやすくなる」
と、思っている
親切は手段。
わかりやすいは結果。(と、私は思っている)
さらに言うと、
わかりやすさが、そのまま面白さだとは思っていない。
でも、面白いを実現するためにわかりやすい文章を書けることは必須だと思っている。
そんなことを考えるのも楽しい。
あと、「これが親切だと思う階段の幅」がライターによってまちまちで、その階段の幅がフィットするかどうかが、読者にとって「この人の文章は読みやすい」「読みにくい」の差になるんじゃないかという田中裕子さんの指摘もおもしろかった。こういう話、大好き。
今日は15人+22人の添削を朝から晩まで。
さすがに、ふらふらでふ。
閉店ガラガラまた明日。
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