『虎に翼』『恋せぬふたり』『ぼっち・ざ・ろっく!』の脚本家・吉田恵里香さんが書く「もやもやの中にある小さな幸せ」【連載・脚本家でドラマを観る/第11回】
コンテンツに関わる人たちの間では、「映画は監督のもの」「ドラマは脚本家のもの」「舞台は役者のもの」とよく言われます。つまり脚本家を知ればドラマがより面白くなる。
はじめまして、澤由美彦といいます。この連載では、普段脚本の学校に通っている僕が、好きな脚本家さんを紹介していきます。
爽快よりも痛快
日本初の女性弁護士の1人で、後に判事、裁判所長を務めた三淵嘉子さんをモデルに、オリジナルのフィクションとして制作されたNHK朝ドラの第110作。圧倒的男性優位な昭和の法曹界で奮闘する、主人公・猪爪(後に佐田)寅子(ともこ)(伊藤沙莉さん)。世の中に「はて?」と疑問を感じると、恩師、上司であろうと意見してしまい、衝突が絶えない。しかし、逃げずに全力で向き合うことで、女性が活躍する道を切り拓いていく。新民法の起草や、家庭裁判所の設立に携わるなど、法律という翼を得て力強く羽ばたいていく、リーガル・エンターテイメント。
僕の週末の楽しみは、録り溜めた1週間分の朝ドラを一気見することです。『虎に翼』に、はまっています。今回は、この『虎に翼』の脚本家・吉田恵里香さんについて、考察してみたいと思います。
『虎に翼』は、これまでの朝ドラになかった「痛快さ」が、たまらなく好きです。これまでの朝ドラは「爽快」という言葉の方がピッタリな作品が多かったように思います。主人公の瑞々しさ、内なる悩みの開放。前作『ブギウギ』のダンスシーンなんて、まさに「爽快!」と思って観ていました。
『虎に翼』は、もちろん爽快さもあるのですが、これに加えて、ものすごくスッキリするのです。爽やか+スッキリ。これは、主人公・寅子の口ぐせでもある「はて?」が象徴しているかと思うのですが、このドラマは、葛藤の原因が主人公の外にあることが多いんです。
これまでの朝ドラの主人公たちは、葛藤の多くが自分の中にありました。進路に悩み、恋や人間関係に悩み、その葛藤を乗り越えることで成長する。ここに爽やかさが多く含まれていたと思います。しかし『虎に翼』は、女性が弁護士になれなかった時代の物語で、主人公は個人の悩みの前に、その理不尽な状況・社会に疑問を持ちます。この社会の理不尽を「はて?」と視聴者に分かりやすく提示し、短いスパンで(放送尺で)寅子が納得する(または納得できない!という)答えを出す。この提示→納得の小気味よさが、爽やか+スッキリな後味を生んでいるのだと感じます。
今年の流行語大賞にノミネートされそうな勢いの「はて?」ですが、これよりももっと、吉田脚本らしさが出ていると思う言葉があります。それが「スン」です。「スン」とは、納得いかない状況でも穏やかに、にこやかに振る舞って、本音を言わずに乗り切る様子を表す言葉です。『虎に翼』に登場する女性たちは、この状況を当たり前だと思っている男性たちの言動に、歯がゆさを感じながらも諦めるしかなく、スンとするのです。
物語の序盤で、この「諦めるしかない居心地の悪さ」を、めちゃくちゃ上手く設定しているのが吉田作品の特徴だと考えています。
先ほど『虎に翼』は、葛藤の原因が主人公の外にあることが多いと書きましたが、「スン」もそのひとつです。昭和という時代を生きる女性たちの「スン」ひとつひとつを丁寧に描写することで、主人公・寅子の「はて?」が活きてくるわけです。
一般的に、ドラマは主人公の物語です。主人公の葛藤にフォーカスして然るべきなのですが、吉田さんの書く脚本では、主人公以外の登場人物にも人生があって、喜んだり、「スン」としたりもする。世界は、主人公のために都合よく存在するのではなく、どちらかと言えばモヤモヤするような混沌とした中に、主人公は生きている。そんな世界感の解像度の高さが、吉田脚本の凄さだと思います。
解像度の高い居心地の悪さでの、物言う主人公・寅子の振る舞いが、『虎に翼』の痛快さを際立たせています。
マイノリティを描く
僕が、吉田作品における独特な居心地の悪さ表現を最初に意識したのが、『恋せぬふたり』です。吉田さんは、この『恋せぬふたり』で、第40回向田邦子賞を歴代最年少の34歳で受賞されています。(2024年8月現在)
恋愛しないと幸せじゃないの?
人を好きになったことがない、なぜキスをするのか分からない兒玉咲子(岸井ゆきのさん)に訪れた、恋愛もセックスもしたくない高橋羽(さとる)(高橋一生さん)との出会い。恋人でも夫婦でも家族でもない、アロマンティック・アセクシュアルの2人が始めた同居生活は、両親、上司、元カレ、ご近所さんたちに波紋を広げていく。恋もセックスもしない2人の関係の行方は?
アロマンティックとは、他人に恋愛感情を抱かない人、またはその指向のこと。アセクシュアルは、他者に対して性的に惹かれないことを意味します。
吉田さんはラブコメが得意で、恋愛ドラマを数多く手掛けているのですが、中には、BLを描いた『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(チェリまほ)や、この『恋せぬふたり』など、セクシャルマイノリティを扱ったドラマも書かれています。
一般的に、ドラマの冒頭で主人公の居心地の悪さを描くと、その居心地の悪い環境を改善していくことが、ドラマの本筋になっていくことが多いかと思います。荒れたクラスに主人公先生が赴任すると、生徒たちと仲よくなっていく学園もの。弱小チームが主人公の加入によって、強いチームに生まれ変わっていくスポーツものもそうでしょう。恋愛ものだと、すれ違っていた2人が徐々にお互いを好きになって、付き合うことになる展開などがあります。
吉田さんの脚本では、居心地の悪さがずっと続くのです。居心地の悪さはずっと変わらず、その環境で、もがき苦しむ登場人物たち。あれよあれよと状況を好転していくヒーローたちよりもずっとリアリティがあって、いつの間にか、吉田さんの描く登場人物たちに感情移入してしまうのです。咲子も羽(さとる)も、「人を好きになることは当たり前」という考え方には転じず、ずっともやもやし続けるのです。
僕は脚本の学校で、ドラマは変化だと習いましたし、「伏線回収」や「急展開」など、視聴者をビックリさせる仕掛けが、ドラマの面白さのひとつだと考えています。でも吉田さんの描くドラマでは、環境が好転することは少なく、大きな変化は起きづらい状況です。
そんな、あまり変化しない状況下でもドラマを面白く仕立てるためには、ずっと目が離せない、愛すべき、個性的なキャラクターが必要になります。吉田さんの強みは、この、個性的なキャラクターを描けることだと思います。
アニメとマンガ原作
また『虎に翼』の話になるのですが、主人公・寅子(ともこ)も、とても魅力的なキャラクターの1人です。彼女の魅力は、表情豊かで、豊富な感情のバリエーションを楽しめるところです。「はて?」ひとつとっても多彩です。少し困り果てた、ぎこちない笑顔だったり、思いもよらない言動に対し、怒りをにじませたり。
物語前半の見せ場でも「表情」が印象的に使われていました。ともに高等試験(現在の司法試験)を受ける佐田優三(仲野太賀さん)が、緊張で腹痛が治まらずいたところ、寅子は「緊張したら、今の私の顔、思い出してください」と、変顔で緊張をほぐします。後に2人は結婚し、娘と3人、幸せな時間を過ごすのですが、優三に赤紙が届きます。いよいよ戦地に赴く優三が、暗い寅子を元気づけようと、慣れない変顔をするのです。寅子もまた、涙を堪えて変顔で送り出します。近年で一番の泣ける変顔でした。
僕が『虎に翼』に感じたスッキリ感のあるテンポのよさと、登場人物の表情の豊かさは、吉田さんが手掛けられてきたアニメとマンガ原作のドラマで培ってきたものだと思っています。
吉田さんはアニメの脚本家としても有名なんです。直近の代表作といえばやはり『ぼっち・ざ・ろっく!』ではないでしょうか。
主人公の後藤ひとりは、テレビ番組で観たバンドマンのインタビューに衝撃を受け、ギターに夢中になった。動画投稿サイトに匿名でカバー動画を投稿すると、徐々に人気が出始める。しかし、極度の人見知りで友だち1人いないひとりは、ライブはおろか、バンドを組むこともできず中学を卒業することとなる。「絶対バンドをやる!」と意気込んで高校に入学するが、案の定、友だち1人もできずにいた。ある日、ギタリストを探していた少女・伊地知虹夏に、半強制的にライブに出演させられたひとり。偶然とはいえ、夢に見たライブ。しかし、実力はあるものの、人と弾くことに慣れておらず、その実力を発揮できずに初ライブを終えてしまった。その悔しさや楽しさを覚えたひとりが、少しずつ、人と関わりあっていく、少女の成長物語。
このアニメはマンガ原作で、吉田さんのオリジナルストーリーではないですが、海外メディア「AnimeTrending」が主催する「9TH TRENDING AWARDS(第9回アニメトレンド大賞)」で、最優秀脚色賞を受賞しました。
アニメもそうですが、吉田さんは、マンガ原作のドラマも数多く担当されている脚本家さんです。2024年8月現在、手掛けたテレビドラマ12作品中、半数近くの5本がマンガ原作でした。実写映画は8本中、実に6本がマンガ原作の作品です。
先ほど、スッキリ感のあるテンポのよさと、登場人物の表情の豊かさは、アニメとマンガ原作のドラマで培ってきたものだと推察したのですが、それには理由があります。
マンガは小説と違って、すでに絵があり、脚本化する際に「ビジュアル要素の再現」が必要とされるからです。多くの絵をト書きに明記してきたことは、表現の幅を広げる力になったのだと思います。そして、デザインや表情の他にもうひとつ、再現すべきビジュアル要素が「テンポ」です。マンガには「コマ割り」があり、テンポやリズムが視覚的に、あらかじめ設計されています。その体感速度をドラマに落とし込むことも、スッキリと整理された構成を生み出す要因になっているのだと思います。
アニメ・マンガ原作のドラマの他に、吉田さんの個性的なキャラクターを描く筋力となったジャンルが、「アイドルもの」だと思います。
顔はカワイイがセンスはダサいと思われている私立マロニエ女学院の2年生・佐田ゆりあ(小坂菜緒さん)は、実家の佐田洋裁店の1,000万円の負債を半年間で返済しなければ店を奪われてしまうことを知り、なんとか短期間で大金を稼ぐ方法がないかと悩む。そんなとき、同級生の篠原沙織(渡邉美穂さん)のデザイン画を目にしたことがきっかけで、負債の返済のためにファッションブランド「DASADA」の立ち上げを決意し、沙織に提案する。
同じ目標に向かってさまざまな困難に力を合わせて立ち向かっていく、青春学園ドラマ。
うまく喋れないことにコンプレックスを抱く、日ノ輪めいこ(佐々木美玲さん)の心の拠り所は、人気漫画家・金閣寺炎上が描く『涙色戦記』であった。ある日、『涙色戦記』のアニメ化および、ヒロインオーディション開催の情報を知っためいこは、「金閣寺炎上作品の世界に入りたい」という夢を叶えるため、そして自分自身を変えるため、きらめき声優学園に入学する。
他にも個性豊かな学生が集まり、めいこと同じ学生寮・ドレミ荘で生活をともにすることになる声優青春物語。めいこは声優になり、夢であった金閣寺炎上作品に出演することができるのか。
どちらも、秋元康さんが原作で、日向坂46が主演の「アイドルもの」ドラマです。
毎回10名前後のメンバーが登場するので、キャラクターの描き分けは相当大変だったのではないかと想像します。
オリジナリティは掛け算から生まれる
アニメ、マンガ原作のドラマ、アイドルものと、個性的なキャラクターを描き切る吉田さんの強みが活かされた作品を紹介してきました。もしかすると、「個性的なキャラクターを描く」ことなんて、プロの脚本家なら当たり前だろうと思う方もいらっしゃるかもしれません。僕も、そう思います。吉田さんのようなトップクラスの脚本家の方々は、個性的なキャラクターを描けますし、居心地の悪さも描けます。もちろん「伏線回収」や「急展開」「どんでん返し」などもうまく物語に組み込めるのだと思います。
それでもなお、吉田恵里香さんという脚本家の強みを見つけるにはどうすればいいのか。それは、強みと強みの交点を発見することだと思います。
この考え方は、尊敬する師匠で、コミュニケーション・ディレクターの佐藤尚之さん(さとなおさん)の受け売りです。
今回発見した吉田作品の特徴は、大きく2つあります。
ずっと続く居心地の悪さを印象的に描き、それが物語のテーマになっている
マンガのキャラクターのような、個性的な登場人物を描くことが強み
この2点から、吉田作品のオリジナリティは、「言いたくても言えない居心地の悪い環境で × その環境と相性の悪い弱みを持つ、デフォルメされたキャラクターたちがもがく」サクセスストーリーが、スッキリとした後味を生む物語。ということなのではないかと考えました。
『虎に翼』は、「圧倒的男性優位な昭和の法曹界で × 何でも本音を口にしてしまう日本初の女性弁護士」の活躍が面白いですし、『恋せぬふたり』は、「恋愛することが当たり前とされる社会に × アロマンティック・アセクシュアルの男女」の話が新鮮でした。『ぼっち・ざ・ろっく!』も、「バンドというコミュニケーションが大事なグループなのに × 友だち1人いない、人見知りなギタリスト」というミスマッチが、その人気を独特なものにしていたように思います。
吉田作品の中で、最も「居心地の悪さ×個性的な主人公」が楽しめるのが、『生理のおじさんとその娘』だと思います。オススメですので、よかったら観てみてください。
生理用品メーカーの情熱的な広報マン・光橋幸男(原田泰造さん)は、高校生の娘と中学生の息子を育てるシングルファーザーだ。半年前、「生理についてよく知ろう!」と呼びかける動画がバズったことをきっかけに、「生理のおじさん」として活動している。一躍SNSとお茶の間の人気者となった父親に、思春期の娘・花(上坂樹里さん)は、複雑な思いを抱いていた。
ある日、出演していた生放送のテレビ番組で、「あなたは女性のことを全然分かってない」という挑発に興奮した幸男は思わず「僕は娘の生理周期も把握している!」と発言。幸男の会社にはクレームが殺到する。学校でもうわさになった花は家出してしまう。激しく落ち込む幸男。彼は炎上を乗り切り、愛娘と仲直りできるのか。生理を巡る親子のスレ違いを、2人はどう乗り越えるのか。
脚本家でドラマを観る。
最後にひとつ、余談なのですが聞いてください。
今回、吉田恵里香さんを取り上げようと思い、順番にドラマを見返す中で、『Heaven? ~ご苦楽レストラン~』の名前を見つけました。このドラマ、リアルタイムで観たときは、あまり面白くないなぁと感じて、途中で観るのをやめていたんです。2019年の夏ドラマといえば、池井戸潤さん原作の『ノーサイド・ゲーム』や、考察が盛り上がった『あなたの番です』があり、「伏線回収」や「どんでん返し」など、大きく変化のあるものが楽しかったんだと思います。でも、見直してみると、吉田作品で一番の「笑った」作品となりました。大きな変化はないのですが、居心地の悪い環境で、不器用ながらに四苦八苦する登場人物たち。時折起こす小さな成功体験に、僕も一緒に嬉しくなりました。
ドラマは、観るタイミングによって、また違った感想を持つものだなと思いました。脚本家で見直してもいいですし、俳優さんで見直してみてもいいと思います。これからも、もう一度見直したくなるようなドラマの紹介ができればと思います。また楽しんでもらえたら幸いです。
「とにかく自分勝手」な黒須仮名子(石原さとみさん)は新たにフレンチレストランを開業するために、従業員を探していた。「営業スマイルができず」「融通の利かない堅物」伊賀観(福士蒼汰さん)は、黒須の語る理想のレストラン像に惹かれて黒須の店で働くことを決める。
翌日、集合時間の24時に店を訪れる伊賀だが、地図に書いてあったその場所は見渡す限りの墓地。そこには伊賀と同じく黒須にスカウトされた6人の従業員がいた。最悪の立地、4日後に控えたオープン、フレンチ経験のないサービス陣、いくつもの課題を抱えながらも「ロワン・ディシー」はオープンする。
「ロワン・ディシー」(この世の果て)という名のレストランで繰り広げられる、風変わりなオーナーと、それに振り回される従業員たちによるフレンチレストランコメディ。(了)
文/澤 由美彦
参考資料
ドラマ
『恋するイヴ』(2013日本テレビ)
『男水!』(2017日本テレビ)
『Heaven? ~ご苦楽レストラン~』(2019 TBS)
『DASADA』(2020日本テレビ)
『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(2020テレビ東京)
『ブラックシンデレラ』(2021 ABEMA)
『声春っ!』(2021日本テレビ)
『恋せぬふたり』(2022 NHK)
『ダブル』(2022 WOWOW)
『君の花になる』(2022 TBS)
『生理のおじさんとその娘』(2023 NHK)
『虎に翼』(2024 NHK)
アニメ
『TIGER & BUNNEY』(2011毎日放送)
『TRICKSTER -江戸川乱歩「少年探偵団」より-』(2016 TOKYO MX)
『神之塔 -Tower of God-』(2020 TOKYO MX)
『Artiswitch』(2021 YouTube)
『ぼっち・ざ・ろっく!』(2022 TOKYO MX)
映画
『脳漿炸裂ガール』(2015)
『ヒロイン失格』(2015)
『恋と噓』(2017)
『思い、思われ、ふり、ふられ』(2020)
『ホリック xxxHOLiC』(2022)
『おとななじみ』(2023)
関連書籍
NHK連続テレビ小説「虎に翼」シナリオ集
ラジオ
「ウチらと世界とエンタメと」(2024 NHKラジオ)
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