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『silent』『いちばんすきな花』の脚本家・生方美久さんが書く「多くの1人」に届くセリフ【連載・脚本家でドラマを観る/第10回】

コンテンツに関わる人たちの間では、「映画は監督のもの」「ドラマは脚本家のもの」「舞台は役者のもの」とよく言われます。つまり脚本家を知ればドラマがより面白くなる。

はじめまして、澤由美彦といいます。この連載では、普段脚本の学校に通っている僕が、好きな脚本家さんを紹介していきます。

広く伝えない豊かなセリフ

前年1年間で配信再生回数の多かった番組に送られる「TVerアワード」が発表になりました。TVerアワード2023ドラマ大賞は、『あなたがしてくれなくても』(フジテレビ)が受賞。全11話の総再生回数が5,600万回を超え、大ヒットを記録しました。
このように、ここ数年は視聴率よりも再生回数でヒットが語られることが多くなったように思います。気になったので、歴代の大賞受賞作品を調べてみました。

ミステリー作品も受賞しているかと思ったのですが、すべてがラブストーリーでした。
歴代1位は『silent』の7,300万回再生(2024年4月現在)。すごい数字です。しかし、もっと驚いたのが、この大ヒット作の全話を1人で書き上げた脚本家・生方美久さんが、新人脚本家さんだったことです。生方さんは、フジテレビヤングシナリオ大賞を受賞されたばかりの方でした。この『silent』が連ドラデビューで、しかも、原作ものではなく、オリジナル脚本という異例の大抜擢。生方さんは立て続けに、オリジナル脚本で『いちばんすきな花』を執筆されます。
今回は、この2作品を中心に、人の心を掴んで離さない生方さんの感情の描き方について、考えてみたいと思います。

『silent』(Amazonより)

青羽紬(川口春奈さん)と佐倉想(目黒蓮さん)は高校時代、恋人として幸せな日々を送っていた。
この幸せはずっと続くと信じていた紬だったが、突然、想から別れを告げられる。
今は戸川湊斗(鈴鹿央士さん)と付き合っている紬。同棲するための部屋を内見に行く途中、8年ぶりに想を見かける。思わず声をかけるが、その声は届かなかった。想は難病を患い、聴力を失っていたのだ。湊斗の勧めで、紬は手話を習い始める。次第に心を通わせる2人を見て、湊斗は、紬と想のため、身を引く決意をする。音のない世界で2人が思い合い、出会い直す、切なくも優しいラブストーリー。

「みんながよく使う言葉が並んでいるのに、独特な雰囲気があって、すごく心にしみる」。

『silent』のプロデューサー・村瀬健さんは、生方さんを抜擢した理由のひとつとして、そのセリフの素晴らしさを挙げています。

「大ヒット」「セリフ」と聞くと、僕はすぐに、広告的な決めセリフを連想してしまいます。「倍返しだ!」「じぇじぇじぇ」「実に面白い」。水戸黄門の印籠のように、ドラマに何度も登場するキャッチコピー的決めセリフには、ドラマを話題にし、ヒットさせる力があると思います。一方で、浮世離れしたというか少し加工した感じがあって、リアリティが損なわれるという側面も持っていると思います。脚本家は、これら広告的セリフとリアリティの絶妙なバランスを計算して、言葉を組み立てています。これがいわゆる「エンタメに昇華する」という作業のひとつかと思うのですが、『silent』には、広告的な決めセリフと呼べるものがなく、とても純度の高いリアリティに挑戦しているドラマなんだと感じました。そしてこの大ヒット。(意図されてのことかは分からないのですが)決めセリフという武器を使わず、「みんながよく使う言葉」で、これだけ多くの人たちの心を震わせた生方さんの脚本は、本当に素晴らしいと思いました。

生方さんの書くセリフが特に素晴らしいと感じるのは、同じ言葉に様々な意味を与えて、とても印象的にしているところです。

例えば1話の冒頭、高校時代の紬が、想に向かって「雪が降ると静かだね」と何度も聞くのですが、想は紬に向かって、笑顔で「うるさい」と答えます。前後の文脈から、この「うるさい」は言葉通りの意味ではなく、よく話しよく笑う紬に対し、幸せを感じている。そしてもっと話して欲しいという思いが含まれているのではないかと想像します。

とてもポジティブな、「セリフは嘘をつく」という技法です。(この技法については過去の記事でも触れています。こちらの記事も合わせて読んでいただけると嬉しいです。https://corecolor.jp/3772

その直後、場面は現在へと戻ります。湊斗のとなりで寝ている紬が雨の音に目を覚まし、ここで一言「うるさい」とつぶやくのですが、これは言葉通りの「うるさい」でした。紬の表情に笑顔はなく、不幸ではないけれど、現状がノイジーだという紬の鬱屈さが伝わってきました。幸せの象徴として描かれていた「うるさい」という言葉が一転、まったく別の意味に聞こえてきます。

さらには1話のクライマックス、紬と想が再会するシーンでの「うるさい」の使い方が、とてもドラマチックです。駅前で想を見つけた紬。逃げる想。追いかけながら、あふれる思いを矢継ぎ早に話す紬。この紬に対して、想が(手話で)「うるさい」と伝えます。実際、紬の言葉は想に聞こえていないし、想の手話は紬に伝わっていないので、このことが余計に切なくなります。

心地よいうるささが宝物だった想は、耳が聞こえなくなったことで、その思い出を「うるさい」の一言で封じ込めることになるのです。この後、想の葛藤がどう変化していくのか、ものすごく気になる終わり方で、最高の第1話だったと思います。

このように、ひとつの言葉にいくつもの意味や思いを乗せる生方さんの手法は、フジテレビヤングシナリオ大賞の大賞受賞作『踊り場にて』からも見て取ることができます。

『踊り場にて』(公式ホームページより)

プロのバレエダンサーを目指し海外で活動していた美園舞子(瀧本美織さん)は、夢を諦めて帰国する。二度とステップは踏まないと決め、実家近くの高校で、国語教師として働くことに。舞子にとって、夢や希望に溢れた高校という場所はなんとも皮肉なものであった。
舞子は生徒たちと関わる中で、それぞれの「夢を諦めること」への葛藤があることを知り、今の自分を見つめ直すようになる。ある日の授業中、生徒たちに「諦めること」について話し始める。舞子の言葉を受け、それぞれの道を決めた生徒たち。その後、舞子は学校の踊り場で、小さくバレエのステップを踏む。

『silent』では、同じセリフに様々な感情を乗せていましたが、『踊り場にて』では、タイトルにもなっている踊り場という「言葉(シチュエーション)」に、登場人物の様々な状況を重ねていました。舞子や生徒たちの葛藤を「踊り場」という言葉の持つ意味に紐づけて、ドラマをまとまりのあるものにしているのです。

バレエダンサー・舞子にとっての「踊り場」:スポットライトを浴びる場所
国語教師・舞子にとっての「踊り場」:昇り降りを休む場所
生徒たちにとっての「踊り場」:方向転換をする場所

生方さんは、多彩な言葉で視聴者の想像力を拡張することよりも、言葉数を少なくして様々な思いを詰め込むことで、感情を豊かにする脚本家さんなのだと思います。

対比はするが、対立は描かない

ひとつの言葉や設定に、様々な感情を詰め込む生方脚本ですが、その感情はそれぞれ尊重され、ぶつかり合うことはありません。葛藤や対立を描くことが、物語をドラマチックにするセオリーとされているのに、生方さんは、対立を描かないようにしているのではないかと思いました。

そう思った最初の理由は、『いちばんすきな花』の4人が、とにかく謝ることです。

『いちばんすきな花』(Amazonより)

「唯一心を許せた異性の友だちが、結婚を機に友だちではなくなってしまった」潮ゆくえ(多部未華子さん)。「結婚を約束していた彼女を、彼女の男友だちに奪われた」春木椿(松下洸平さん)。「友だちなりたいだけなのに、異性というだけで勝手に恋愛と捉えられてしまう」深雪夜々(今田美桜さん)。「みんな友だちだと思っていたが、気づけば本音を話せる相手がいなかった」佐藤紅葉(神尾楓珠さん)。2人組を作ることが苦手で孤独だった4人が、ひょんなことから出会い、椿の家に集まるようになる。1つのテーブルを囲み、関係を築いていく4人。「男女の間に友情は成立するのか?」をテーマに、友情とも恋愛とも言えない、まだ名前のない感情を丁寧に描くヒューマンラブストーリー。

第1話、4人が初めて顔を揃えて、椿の家でコーヒーを飲むシーン。ゆくえがコーヒーを飲んで一言「なんかごめんなさい。こんなホヤホヤの初対面なのに(図々しくコーヒーなんていただいてしまって)」。続けて夜々も紅葉も謝ります。この後ゆくえが、学校の先生じゃなくて塾の先生になった理由であるトラウマを話し始めるのですが、そこでも「あ、すいません。なんかちょっと、話、違うか」。みんなを嫌な気持ちにさせてしまったと思って、また謝ります。

第2話、家の前で待ち伏せしていた同僚から逃げる夜々。公園で紅葉を見つけて彼氏のフリをしてもらい、同僚を追い払うことに成功。紅葉に彼女がいるか確認する夜々。それが思わせぶりな質問ではないと理解してもらえたときにやはり「すみません」。これは、「自分がそのような質問をすると思わせぶりに取られてしまう。でもそれが嫌なんです。それを理解してもらえて、ありがとうのすみません」という、とんでもなくこじれた「すみません」でした。

第3話では、荷物を取りに来た元婚約者に「ごめん、純恋(すみれ)のもの、こっちから連絡したり送ったりすればよかった」と椿。これはもう謝る必要すらないのに謝っています。元婚約者は、浮気をして結婚を破棄した上に、連絡もなく荷物を取りにきたのですから。

自分の性格や気持ちを伝えるときも、自分がしてしまった行動に対しても、これでもかというくらい、4人は謝ります。

これは、人(自分以外の多くの人たち)と接するのが苦手で、あなたたちとは少し考えが違ってごめんなさい、不器用でごめんなさいといった感じで自分たちを卑下することによって、争いを避けているのだと思いました。

しかし、ひとつのエピソードを観て、生方さんの描きたかった「対立のない世界」は、謝って争いを回避するといった表層的なものではなく、もっと深い意味があるんじゃないかと考えるようになりました。

そのエピソードとは、ゆくえが子どもの頃に見た、ちびっ子相撲大会の話です。

男の子2人が土俵に上がるのですが、1人は大人の体格の男の子で、1人はすごく小っちゃい男の子。勝敗は火を見るよりも明らかです。

ここで皆さんはどんな結末を想像しますか?

僕は「弱者が強者に勝つ希望の話」になると思いました。ドラマは予想外の展開というのがセオリーです。このエピソードにおけるセオリーは、いかにも勝ちそうな体格のよい男の子が負かされることです。そして、努力は報われるとか、奇跡は起きるといった、小っちゃい男の子に対する感動が、共感を呼ぶのです。

ゆくえの話は予想通りに、小っちゃい男の子が勝ちました。ほとんどの観客が、小っちゃい男の子に感動したと話は続き、僕は「ほらね」と思います。

でも、ゆくえは、負けた方の男の子が心配になったと話しました。自分が期待されて負けたことで、みんなが感動してるって、どれだけ辛いだろうと考えるのです。

ドラマの展開を読んで、正解を出した気になっていた僕は、なんだか恥ずかしい気持ちになりました。

みんなと違う感情になることは悪いことではないと、このドラマは明言します。

生方さんが『いちばんすきな花』で、本当に描きたかった対立のない世界は、「共感を否定すること」だったのではないでしょうか。共感とは、他人の気持ちや感じ方に同調させることです。数的優劣をつけた瞬間から、どちらかの意見に共感が生まれてしまうのです。

生方さんは、ファッション誌に連載されているエッセイで、このように仰っていました。

映画やドラマの感想で、【共感】という言葉がよく使われる。みんな良い意味で「主人公に共感しました!」という使い方をする。宣伝文句として「SNSで共感の声多数!」とかもよく見る。でも、極端なことを言ってしまえば、「共感した」という感想は少なければ少ないほど価値があるはず。今まで誰も触れてくれなかったことや、自分だけだと思って閉じこめていたこと。それらを描くことに意味があると思う。100人が観て、100人が「共感した!」というドラマの【共感】はきっとありきたりでありふれたもの。100人が観て、99人が「なにそれ(笑)」となったとしても、残りの1人「やっと自分の気持ちを描いてくれた」と思ってくれたらいい。そのひとりを救いたい。……とはいっても、テレビドラマである以上、1/100の共感しか得られないものをつくるわけにもいかない。この葛藤とは一生戦うんだと思う。【共感できる】=【良い作品】という指標が、たまらなく怖い。共感し得ない「知らなかった人」こそ、知ってほしいのに。

「GINGER」2024.01.05【脚本家・生方美久のぽかぽかひとりごと】より

『silent』『いちばんすきな花』と、ヒット作が続いている生方さんですが、これは、多くの共感を得たのではなく、「多くの1人」に届いたんだなと思いました。

昨年の春、東京藝大のイベントで「恋愛もの以外を書きたい」と仰っていた生方さん。今度はどんなジャンルでどんなセリフを紡ぐのか、いちファンとして、とても楽しみにしています。(了)

文/澤 由美彦

参考資料

ドラマ
『踊り場にて』(2021フジテレビ)
『silent』(2022フジテレビ)
『いちばんすきな花』(2023フジテレビ)
映画
『アット・ザ・ベンチ』第1編「残り者たち」(2023)
エッセイ
『脚本家・生方美久のぽかぽかひとりごと』(2023〜 GINGER)

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