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絵の仕事に会社員経験は役に立つのか?【絵で食べていきたい/第22回】

絵で食べていきたいと思ったら、画力だけではなく全ての力を足した総合力で戦えると書いてきました。私の場合は会社員からフリーランスイラストレーターになりましたが、この経歴も何かの役に立ったでしょうか? 

会社員を経験したメリットとデメリット

会社員からフリーランスのイラストレーターに転業した人は意外と多くいます。デザイン事務所や制作会社など、絵の仕事に近い職種はもちろん、メーカーや銀行、看護師など、さまざまな職歴からイラストレーターになった人がいます。フリーランスとしてのデビューこそ遅れたものの、おおむね「会社員経験があって良かった」と感じている人が多い印象です。私自身、大学卒業後に就職を経験していなかったら、逆に今までフリーランスを続けられなかったのでは、と思うことが多いのです。

というわけで、会社勤めをしていて良かったと思うことをあげてみます。もし、仕事をはじめるのが遅かったとか、その間に絵と関係ないことをしていたということで、ご自身の経歴をネガティブにとらえているならば、こういう考え方もあると参考にしてみてください。

会社員を経験して良かったこと

・貯金ができた

身も蓋もない話ですが、まずはこれが一番のメリットでした。いきなり貯金もなしにフリーランス稼業に飛び込むのはかなりの覚悟が必要です。会社員時代に貯めたお金があったからこそ、仕事をもらえるまで営業活動を続けられました。体感としては、フリーランスになるならば、働かなくても半年くらいはなんとかなる程度のお金は欲しいところです。

・銀行口座など一通り作っておけた

銀行口座やクレジットカード等の作成のハードルは、会社員のほうがフリーランスよりもぐっと下がります。引っ越しなどを検討している場合も、会社員のうちに物件を決めておいたほうが契約はスムーズだと思います。会社員だと当たり前に感じてしまいますが、毎月給料が支払われるというのは絶大な信用条件です。

・基本的な社会人マナーやスキルが身につく

会社で働けば、社会人スキルが身につきます。もともと苦手だった電話応対にも慣れました。アルバイトではなかなか経験しにくい、取引先への仕事メールなどもあまり億劫がらずに書けるようになったのも良かったです。

・社会人同士の会話に慣れている

色々な年代の、社内外の人たちと接することで、当たり障りのない話題や相手の興味のありそうな話題などの引き出しが増えます。絵を仕事にするには、描くだけではなく自分と異なるタイプの相手とのコミュニケーションも必要なので、ある程度場慣れしておくのは悪いことではないと思います。

・組織運営のあるあるがわかる

イラストの仕事を受けたとき、「この人は指示をくれるけれど、最終的な決裁権はないのかな」など、発注者がどういう立場にいるのか予想がつくだけでも、仕事はやりやすくなります。たとえば、納品の一歩手前というところで、クライアントや上司の意向で企画自体がとりやめになった……などというケースがまれにあります。「何でそんなことが起きるの、ありえない!」と思うのと、「困るけど、組織ではあることだなあ」と思うのでは自分のストレスも違いますし、必要以上に相手を責めないですみます。沸点の低い私は随分助けられています。

・人脈ができる

人とのつながりはバカにできません。一緒に働いて、人柄を知ってくれている相手ならなおさらです。デザイン会社や広告代理店など、もとの職種がイラストに関連していれば、独立してもそのまま前の会社から仕事を受注するような、スムーズな移行ができる人もいます。たとえ他業種でも、意外なところから仕事につながるケースもあります。

・どこでお金が生まれるかわかる

雑な言い方になりますが、いわゆる「ビジネスセンスが身につく」という話です。会社員だけでなく、実家が個人商店という人なども、経営センスがあるなと感じることがあります。当然ながら、お金のあるところに営業をかけたほうが単価が高めの仕事はとりやすいのですが、見た目の華やかさ=お金ではない場合もよくあります。私はビジネスセンスがないほうですが、それでも会社勤め中に原価計算や予算組みをかじったことで多少は磨かれたと思います。

・納期意識が身につく

好きで絵を描いているときはスケジュールなどをあまり気にしないことが多いと思いますが、企業では納期を守れなければ厳しいペナルティがあります。この「締め切りにあわせて制作をする」という感覚を持っていると、絵を仕事にするときにとても楽です。

・報連相意識が身につく

編集者さんが困るイラストレーターとのトラブルに、「連絡がとれなくなってしまう」「一人で問題を抱え込んでしまう」があります。イラストの制作でゆきづまり、締め切りに間に合わなさそうなときも、事前に相談すれば対処してもらえることが多いのです。しかし黙って締め切りに遅れてしまったら、連絡しにくくなってしまいます。早めに相談できなかったためにおおごとになるというのは、組織で仕事をして私が痛感したことです。逆に、一人で抱え込まなければ大きなトラブルを未然に防げるのです。

・前職の経験・知識が強みになることがある

これは前職がどんな仕事でもあてはまると思います。ある業種に詳しいことは、絵を描く上で間違いなく強みになります。たとえば私の場合、菓子企画の仕事をしていたので、お菓子を描く仕事はかなり楽です。知識があるので資料をさほど集めなくてもすみますし、安心して描くことができます。また、女性誌の読者欄などによくある会社勤めのエピソードカットなどは、やはり描きやすいなと思います。もっともオフィスも年々変わっていくので、「なんだか古い」と思われないように知識をアップデートする必要は常にありますが。

ここにあげたことはどれも、会社勤めしなくても身につくかもしれませんが、こういったスキルや経験は絵の仕事でも強みとなると思います。

フリーになる前の経験あれこれ

先日、同業者同士で話をしたときに、たまたま全員が会社員経験者だったので、会社で何をしていたかを聞いてみました。すると職種は違っても、前職でも機会があれば絵を描かせてもらっていた人がほとんどでした。

私と同じように、絵を仕事にするのは無理だと思って就職したものの、仕事先で絵を描いているうちに「こういう風にすれば、絵を仕事にできるのではないか」とイメージができ、独立した人もいました。ある人はIT業界からの転身ですし、私はお菓子メーカーです。そう考えると、必ずしも決まったルートからしかイラストレーターになれないわけでも、会社に勤めているから絵の仕事ができないわけでもないのです。

もし今、絵の仕事をしたいけれど職場をやめる踏ん切りがつかず悩んでいるならば、今の職場で少しでも絵を描くチャンスがないか考えてみるのも手です。その際は、自分が描きたいという視点でなく、絵を描くことで会社なりお客なり、他者の役に立てることはないか考えてみるといいのではないかと思います。

会社で販売職についていたとき、他店のヘルプに行くたびに、決まり事が違うのでいちいち教わらなくてはなりませんでした。これではお互い不便だと思い、勝手に休みの日にイラスト入りの店舗用マニュアルを作りました。これが最終的には全店でつかわれることになり、私が企画部に異動するきっかけにもなりました。イラストが描けるという自分の特技を、仕事に役立てることができたわけです。

ただ、気を付けたほうが良いと思うこともあります。フリーランスになってからのことですが、取引先の人にボヤかれたことがあります。部内でイラストやデザインをやりたがっている人がいたので、外注にださずにまかせてみたところ、「イラストは自分の特殊な才能だから、この仕事については給料にプラスして対価が支払われるべきだ」と主張されたというのです。これはちょっと無理があるように思いました。

時間外で頼まれたならともかく、会社員が業務内に制作したものは給料の範囲内だと思います。わざわざその分の金額を支払うなら、クオリティの高いプロに発注したほうが会社にとってもメリットがあるからです。逆に、そこで支払いをしてもいいと思われるほどの制作物ができたなら、独立してもやっていけるかもしれません。ここでも常に自分の仕事は相手にどんなメリットをもたらしているか、冷静に判断する視点が必要だと思います。

会社員経験をしたことがデメリットだと感じたこと

メリットとは逆に、会社勤めをして、フリーランスになったのが30歳からということによるデメリットはあったでしょうか。思いつくのはこんなことです。

・絵を描く総量が少ない

趣味でせっせと絵を描いていた学生時代に比べ、会社にいる間は圧倒的に絵を描く機会が少なくなりました。結果的に、学生の頃ほど手が動かなくなって、感覚を戻すのにかなり苦労しました。スポーツでも同じだと思いますが、日々少しずつでも練習していないとあっという間にカンも動きも衰えるのです。この間ずっと描き続けていた人とは、当然絵を描く力の差が開いてしまいます。

・体力が落ちる

20代に比べ30代では当然体力も落ちます。20代はがむしゃらに働けましたが、30歳でフリーランスになったときには、はじめから徹夜仕事などをする気にはなれませんでした。さらに10年もすると視力も落ちます。こればかりは仕方がないです。

・「若さ」や「未経験」というメリットがない

ある程度の年齢であることで、軽んじられにくいという良い面もありますが、逆に「この前まで学生だったのだから」というような言いわけもできません。年齢相応の知識や対応力を問われることになります。また、受注の仕事とはあまり関係がありませんが、コンペや助成制度の年齢制限にひっかかり、応募できないこともあります。

自分の経験も総合力を高められることに気づくこと

「やはり美大を受けてみればよかった」「もっと若いうちから絵の仕事に挑戦すればよかった」と、自分が選ばなかった道が輝いて見えることがあります。自分に不足しているものばかりが目につき、一発逆転できるような魔法の道具やワープできる道を探したくなります。魔法の道具は見つからなくても、会社勤めをしたからこそ自分が得たものに気がつくこと、それを力にすることはすぐにでもできます。そうやってどんな力も自分の総合力に加えながら、それでも足りない部分は努力して磨く。どんな高みにいる人でも結局こうやって進んでいるのではないかと思っています。

文/白ふくろう舎

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