
義務じゃない。うまいから食べる、野菜の話。/炭田のレシピ本研究室【第7回】
年間100冊以上のレシピ本を読むフードライターの炭田が、いま推したいレシピ本2冊を紹介する連載。今回は、1日の摂取量の目安が350グラムってマジかよ? となりがちな「野菜」がテーマです。
ここは本当にトーキョーなのか
この春引っ越してきた町は、野菜が安い。
はじめて足を運んだ八百屋さんは、ハーブの値札に「0円」と記してあった。おひとり様いくつとか、1000円以上買ったお客さま限定、なんてことも書いていない。小学生の娘と顔を見合わせて「本当かな?」とひそひそ話していたら、レジにいる店員さんが私たちに向かってにっこり微笑んだ。ひとり1つずつ、合計2つのハーブを選んでそっとカゴに入れ、なすやら玉ねぎやらと一緒にお会計をして、スキップしながら帰路についた。
スーパーの野菜も安い。
ある休日、私が友達と遊びに出掛けていた時のこと。夫は私が出先にいる時は気をつかってあまり連絡をしてこないのだけど、その日は写真付きでLINEが届いた。何事かと思い確認したら、長ネギ5本の写真に「これで100円だった」というメッセージが添えられていた。近所のスーパーで買ったらしい。思わず伝えたくなるほど、この町の野菜は安い。
こうも野菜がお得に手に入るなら、この本の出番である。稲田俊輔さんの『ベジ道楽』。

新しい友達が増えました、野菜です
『ベジ道楽』は、定番からちょっぴりマイナーなものまで、70種類もの野菜がコラムとレシピと共に紹介されている。野菜はアブラナ科、ナス科、ウリ科などの「科」ごとに並んでいて、あまり見掛けないスタイルだ。小学生の頃、理科の授業を真面目に聞いていなかった身としては、残念ながらこの「科」の並びにピンと来ない。「へぇ~トマトってナス科なんだぁ~」くらいの気持ちで眺めている。だが、著者の稲田さんのこだわりだけは存分に伝わってきてグッとくる。
……なんて書いたが、何度も読んで料理をしているうちに、私はアブラナ科の野菜が好きだということに気付いた。大根、菜の花、クレソン、水菜。あの辛みが堪らない。中でもいちばんのお気に入りはルッコラ。噛むと口の中に広がるごまのような風味と、控えめな苦み、そして料理に少し加えるだけで「オシャレな人が作るオシャレな食べ物」に変身するところがいい。
私はこの本で紹介されている「ルッコラのマフィンサンド」を作って食べたその日からルッコラに目覚め、買い出しの度にルッコラを探し求める妖怪と化している。だってあんまり見ないんだもの。しかし今では、運がよければデパートの地下で売れ残ったルッコラが叩き売りされているということを突き止め、ルッコラがある人生をエンジョイしている。
『ベジ道楽』は、カリフラワー、セロリ、空心菜などちょっぴりマイナーな野菜を見掛けた時に、迷わず買い物カゴに放り込める人生をもたらしてくれた。これまでなら例え安くても使い道が分からずスルーしていた奴らと仲良くできるのは、友達が増えたみたいで楽しいもんだ。
タケノコとお近づきになりたい
と、ここまではマイナー野菜とも仲良くなってハッピーテイストでお送りしてきた私だが、実は長きに渡り相容れない野菜がいる。タケノコだ。嫌いとか苦手とかそういうわけじゃない。ただただ毎年春が来るたび乗り遅れて、タケノコを掘ったとか、タケノコを茹でたとか、タケノコご飯を作ったとかいう「旬の味覚を楽しむ」SNSへの投稿を眩しく見つめている。めちゃくちゃ羨ましい。私もいつか、旬を楽しむ方の人生を送りたい。どうしよう、どうすれば。そんな時に本屋さんで見付けたのが、白央篤司さんの『はじめましての旬レシピ』だった。

ちょうどこの春に出た新刊で、トップバッターを飾る野菜はタケノコ。しかも、自分で茹でずに「ボイル済みの新物」を買ってくればOK。私のような旬の味覚初心者に、こんなにもぴったりのレシピがあるだろうか? 本を手にしたその日のうちに、鼻歌まじりに八百屋さんへと向かった。だが、積年の想いが募り「もっと立派なタケノコがいいかも……」と思い購入を見送り、数日後に再び買いに行ったところタケノコ売り場は跡形もなく消え去っていた。ダメ元で、お店のトップと思しきマダムにもう入荷しないのか聞いたら「しない」とのことで「タケノコは見た時に買わないとね!」と威勢よく言われた。旬は短し、見たら即買い。タケノコ、来年こそは。
気を取り直し、本で紹介されている春の旬野菜を片っ端から料理してみた。春キャベツのお好み焼き、新じゃがと牛肉の煮つけ、セロリと豚肉のフライパン煮こみ、グリーンピースとベーコンの炊き込みごはん。私は特に新じゃがの土の香りが好きかな、なんて通っぽい感想を述べてみる。
そして次こそ絶対に遅れを取らないようにと、本を片手に夏が旬の野菜の予習をしている。というかもう先取りして、八百屋さんの店先に並んでいたゴーヤをゲットして、合いびき肉とゴーヤのカレーチャーハンを作ってしまった。冬うまれの私は夏が苦手だけど、今年はちょっとだけ夏が来るのが待ち遠しい。
野菜と罪悪感のこと
とはいえ日々忙しく過ごしていると、料理が思うようにできない日もある。そんな日はこれまでメインのおかずだけ自分で作って、キャベツの千切りを買ってきたり、きんぴらごぼうやナムルなんかをスーパーで調達したりして凌いでいた。が、これを逆にして、肉や魚のお惣菜を調達、野菜を使った一品を自分で作るスタイルに変えたところ、なんだかとっても気持ちが晴れやか。私はケーキを食べる時に「脂肪と糖」の影がちらついて罪悪感を感じるような玉じゃないけど、野菜をちゃんと摂れない食事には、なんとなく後ろ暗い気持ちがあったことを知る。
しかも、付け焼き刃的に野菜を摂取していた時に比べて、格段に楽しい。食べたいから、食べてる。野菜ってうまい。果たしてこの楽しさは、私の味覚が成長して、人間として少しおねぇさんになったからだろうか? それとも素晴らしいこの本たちのお陰だろうか? なんにせよ野菜はうまいので、みんなにも読んでほしい。今が旬の2冊です。
文/炭田 友望
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