
なぜ会社を辞めたのか、10年近く経ってから知った。言葉が過去をつくるとき【連載・欲深くてすみません。/第38回】
元編集者、独立して丸9年のライターちえみが、書くたびに生まれる迷いや惑い、日々のライター仕事で直面している課題を取り上げ、しつこく考える連載。今日は、印象的な取材での出来事を振り返っているようです。
人は、自分の選択の理由を、いつ知るのだろうか。
一昨年、印象的な出来事があった。
キャリアブレイクについて研究している北野貴大さんに、インタビューしたときのことだ。日本では、転職というと次の勤め先を決めてから会社を辞めるのが一般的で、履歴書に空白期間があるとネガティブに捉えられやすい。一方、欧州では、一時的に離職することをキャリアブレイクとして肯定的に捉え、人生や社会を見つめなおす期間として使う人たちもいるそうだ。
どこかに所属していると、知らず知らずのうちに組織や役割を背負い、自分以外を主語にものを考えるようになる。いったん所属先から離れることで、それまでは見えなかった選択肢が目に入ることがある。そんな話だった。
聞きながら、私は「その感覚を知っている」と思った。
なぜだろう?
取材後、世間話をしていて「なぜ会社を辞めて、フリーになったんですか?」と聞かれた。
独立してから散々聞かれた質問である。27歳の働き盛りに、目立った個人の実績もないまま大きな会社を辞めるからには、それなりの動機があるように自分でも思う。
しかし、実際のところ私には「書きたいものがあった」「自分の名前で勝負したかった」のような、明確な動機めいたものはなかった。だから、たいていの場合「熱を出したようなものです」「頭を打ったとしか考えられませんね」とふざけた答えを返し、相手をぽかんとした表情にさせてきた。
ところが、そのときは違った。
自然と、こんな言葉が口をついた。
「漂いたかったから」
なるほどそうなのか、と驚いた。私は自分が独立した理由を、10年近く知らないまま働いてきたのか。
そして、同時にふしぎなことが起きた。
これまでの無秩序で行き当たりばったりな選択の数々が、「漂いたかった」の言葉を軸に、一つの物語を描いたのだ。
その人物は、所属をやめて数年間、フリーランスの大海原で漂うことを決めた。漂いながら、まさか会うとは想像もしていなかった人たちと出会い、自分の世界の外にあった価値観を知った。次第にその人は、どこかに根を張る自分ではなく「取材者としての自分」として、社会と関わりたいと思うようになった——このような物語を。
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人生や生き方を取り上げるインタビューでは、行動の動機を聞く質問を投げかけることが多い。
その人の人生が変わる瞬間、なぜ、そうしたのか。
なぜ、それができたのか。
渡辺直美さんは、なぜ日本のレギュラー番組を降板して、アメリカで勝負することにしたのか? 木村拓哉さんは、なぜ、あのとき事務所に留まることを選んだのか?
他者の人生に、普遍的な「人を動かすエンジン」の答えを求めて、聞く。
だけど、人は、自分の「理由」を後から知る。他者との対話に導かれるように言葉が編み出され、その言葉が過去の意味をつくっていくことがある。
そう考えるとインタビュアーは、編集または創造の伴走者になるのかもしれない。同時に、捏造と改竄の共犯者でもある。
単なる「記録係」と考えるよりも、よほど面白く罪深くて、私は気に入っている。
文/塚田 智恵美
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