
刺身パックの半額シールに、これまで以上に興奮するようになりました。【連載・炭田のレシピ本研究室/第17回】
毎日の料理は、ほぼレシピ本頼り。年間100冊以上のレシピ本を読んでいるフードライターの炭田が、いま推したいレシピ本を紹介する連載。今回のテーマは「お刺身」。魚の柵が切れるようになり、醤油とワサビ以外の食べ方を知ることができる、とっておきの2冊をご紹介します。
怒ってなんかねぇし
「ねぇ、もしかしてまだ怒ってる?」
夕飯を食べようとしたら、夫が聞いてきた。夫婦ごとにケンカの引き際は色々あると思うけど、我が家の場合はまず夫がスーッと自室に引きこもる。短いと1時間、長いと20時間ほど経つと夫は再びリビングに現れ、あの件はもういいんで……とばかりにソファに座り、また日常生活を開始する。
新婚の頃はこのやり口が気にくわなくて、自室に向かう彼にそのままお掃除ロボットよろしくついていき、言わなきゃ分かんねーだろ! とばかりに詰め寄っていた。血気盛んな新妻である。
だが数年もすると、これも彼なりの優しさなのかもしれないと思うようになった。無益な争いを避け、必要以上に相手をそしることをせずに済み、お互いに冷静になる時間を設ける的な? だから最近は言いたいことがあっても放っている。なんだかんだ部屋からは出てくるし、そもそも夫婦は他人同士。相容れない時だって、全然ある。
それがなんだ。急に私のご機嫌伺い? こんなのはじめて! と思っていたら、夫はこう続けた。
「僕が刺身を切らなかった腹いせに、こんなふうに切ったのかなって……」
夫が箸で、私が切った鯛の刺身を一切れ持ち上げている。どうやら私の切り方が、お刺身切り分け担当の自分に比べて“ド下手”なので、妻は相当お怒りに違いないと思ったそうだ。爆笑。そんなわけあるか! ただただ切るのが下手なだけ! まさかの勘違いにケンカのことは忘れて笑い転げ、食卓はにこやかな雰囲気に包まれた。
すっかり忘れていたこの事件。友達と「我が夫のムカつくところ」をお互いに披露した時に、思い出してしまった。あの時は不覚にも夫の思い違いにウケてしまったが、この私がパートナーに腹を立てたくらいで刺身をボロボロに切り分ける訳がない。妻の「うまいものが食べたい」気持ちを舐めないでほしい。そんなわけで此度、私は刺身マスターになります。
切りやすい刺身と、切りにくい刺身
ところがどっこい。刺身の「切り方」を解説しているレシピ本が見つけられない。20冊以上を読み漁ったが、スーパーに売っているお刺身になる前の「柵」をどうにかする本がないのだ。魚の「捌き方」の本は初心者向けから玄人向けまであるのに、なぜ? もう諦めて、YouTubeで「刺身 柵 切り方」で検索した方が早いのでは……と、レシピ本マニアとして敗北の味をかみしめていたところで、ようやっと柵の切り方を抑えている1冊と出会えた。ダンノマリコさんの『スーパーのお魚で! 港町の漁師飯』だ。
この本は、ちょっとした下処理のポイントを抑えるだけで、スーパーの魚でも魚本来のおいしさを楽しめる! を信条にした1冊。私が欲していた柵の切り方は、写真入りで紹介してある。そこに記してある情報によると、私の切り方は包丁の動かし方が致命的だったことが分かった。包丁は前後にギコキコ動かさず、一度で切り分けられない場合は、再び包丁を入れ直して引き切る。その教えに従うだけで、かなりマシなルックスの鯛の刺身が出来上がった。優良可のうち「優」は無理だとしても、お情けで「良」くらいの成績は取れるのではなかろうか。

ちなみに柵を使ったレシピは、マグロ、鰹、アジ、鯛の順に紹介されており、後ろになるほど身が柔らかく、柵自体も四角ではなく三角だったりするので切る難易度が高く感じた。なーんだ。初っ端から難しい鯛を切っちゃったのね、と納得である。そういえばお刺身担当の夫も、はじめのうちは鯛をギタギタに切り分けてバツが悪そうにしていたっけ。
私のいまの目標は、本で紹介されている「金目の炙り丼」を作れるようになること。マグロと鰹は難なく切れるようになったが、鯛はまだ道半ば。いつかは高級魚である金目鯛に手を出し、台所に眠っているバーナーで皮を香ばしく炙り、身を美しく切り分けたい。修行あるのみ、だ。
思いっきり適当に作っていい!
1冊目の『スーパーのお魚で! 港町の漁師飯』は、魚の目利きや捌き方なども紹介されていて、レシピもシンプルで日常使いしやすい。刺身だけでなく、これから魚と付き合うつもりの私のような人にピッタリな本だった。
となると2冊目は全く毛色が違うものにして、さらに刺身を楽しみたい。そこで選んだのは、栗原友さんの『刺身パックでさかなつまみ』。醤油とワサビで食べるだけが刺身じゃないと気付かせてくれる本で、これがもう作って食べて、楽しくって堪らない。
アジにディジョンマスタードと焼きなすとか、イカソウメンに柿ピー(わさび味)とか、ブリに酢味噌とか。どれもこれも作っている時は「マジかよ」と思うのに、いざ食べると「イケるじゃん!」になり、ついつい冷蔵庫の中にビールを買い置きしていなかったか探してしまう。

私がいちばん驚きつつもイケてる組み合わせだと感じたのは、表紙にもなっている「カツオのたたきトマトサルサ」。みじん切りしたトマトとピーマンを鰹の刺身の上にドカッとのせて、ウスターソースとタバスコをジャバジャバかけた一品だ。ウスターソースまみれの鰹を野菜と一緒に食べると、アミーゴ。刺身の新たな一面を知ることになる。あなた、和風以外もイケるのね。
あとはこの本、ハーブの緑やトマトの赤、卵の黄色などが多用されていて、どのレシピもカラフル。見ていてウキウキするところも、個人的ないちおしポイントだ。ページをめくるとまず出てくる「思いっきり適当に作ってください」という栗原さんの言葉も頼もしい。脱・醤油&わさび。サンバのリズムに乗って、腰をふりふりお魚ライフを楽しみたい。
でも魚は捌かないのである
かようにお魚ライフを満喫している私だが、魚を捌いて料理をするつもりは毛頭なかったりなどする。だって、大変なんですもの。
でもこれからの人生、夫がいきなり「釣り」に目覚めて魚を捌くようになったら、負けてたまるかと私も捌くかもしれない。幸い魚の捌き方の本はこの世に沢山あるので、そんな未来もどんと来いだ。
文/炭田 友望
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